アマテラス石——岡山の翡翠から見つかった、神話の名を持つ新鉱物

アマテラス石(新鉱物)——岡山の翡翠から発見された世界初の鉱物写真

アマテラス石は、岡山の山で拾われた一塊の翡翠(ヒスイ)から出た、日本生まれの新鉱物だ。拾ったのは、鉱物を趣味で追うアマチュアの田邊満雄氏(62歳)。場所は、台風で崩れた斜面だった。調査隊ではなく、地元の石好きの手に落ちたところが、拾う側としてはうれしい。

岩の中に、2〜3ミリの黒緑色の部分が点々とあった。その中のさらに小さな結晶が、5年後、世界で未報告の新鉱物「アマテラス石(学名:Amaterasuite)」として国際鉱物学連合(IMA)に承認される。私なら翡翠が拾えた時点で浮かれて、黒い点など見ずに帰る。

目次

「林道脇の斜面で拾った一塊のヒスイ」——発見の経緯

田邊氏は岡山県新見市に住み、西日本鉱物化石研究会の会長を務める愛好家だ。2020年秋、台風で崩れた大佐山の中腹の斜面から、翡翠輝石岩の塊を採った。地元の山を、地元の人が見ていた。始まりは、それだけだ。

見た目は、ふつうの翡翠だ。ただ岩の中に、見慣れない黒緑の粒がいくつも入っていた。田邊氏は、以前から交流のあった東京大学物性研究所の浜根大輔技術専門職員に分析を頼む。ここから5年がかりの解析が始まる。

道具立てがすごい。兵庫県の大型放射光施設「スプリング8」で放射光粉末X線回折。山口大学が持つリガク社製の単結晶X線構造解析装置「Synergy-DW」。最後に東京大学物性研究所の透過型電子顕微鏡(TEM)で、粒が一種類の鉱物かを確かめる単相確認。数ミリの粒のために、ここまで並ぶ。

大学と企業とアマチュアが組んで、粒の正体を突き止めた。岡山は、もともと石の歴史が厚い県だ(大坂城の石垣と同じ石が岡山の島にある——北木島と備前、石が繋ぐ岡山と歴史の記録)。その系譜に、「新鉱物の発見地」という新しい顔が加わった。

アマテラス石とは何か——Sr₄Ti₆Si₄O₂₃(OH)Cl

見た目で言えば、地味だ。黒緑色の、幅2mmほどの鉱物の集まり。アマテラス石は、ルチルやタウソン石と一緒に、その中にさらに小さな結晶として入る。宝石にはならない。なのに世界の鉱物のリストに、一行を書き足した。値段のつかない石ほど、話が大きいことがある。

理想化学組成はSr₄Ti₆Si₄O₂₃(OH)Cl。ストロンチウム(Sr)、チタン(Ti)、ケイ素(Si)、酸素(O)、水素(H)、塩素(Cl)が、これまで報告例のない比率で結びつく。石を拾う側から見ると、ほとんど呪文だ。

結晶の寸法や並び方の数字は、日本鉱物科学会の2025年の年会で細かく発表された。一緒に出たのは、ルチル・タウソン石・松原石だ。

石好き次郎
「未知の鉱物は辺境にしかない」と思い込んでいた。実際に出たのは岡山の山中で、拾ったのは趣味の石好きだ。私の思い込みのほうが、狭かった。

「荒魂」と「和魂」——なぜ天照大神の名前なのか

神様の名前をつけるのだから、何となくではない。理由は、研究チームがはっきり発表している。

アマテラス石の結晶構造には「単位胞に2種類の異なる構造要素が同時に存在する」という特異な二面性がある。研究チームは、これを日本神話の神霊が持つ「荒魂(あらみたま)」と「和魂(にぎみたま)」になぞらえた。荒い顔と、穏やかな顔。2ミリの粒に、ずいぶん大きな名前を背負わせたものだ。

国石・翡翠から出た鉱物に、日本を象徴する天照大神の名をつける。縄文の昔から続く日本の翡翠文化の流れの中に、この石はきれいに着地した。

国際鉱物学連合の新鉱物・命名・分類委員会(CNMNC)は、この名前をIMA2024-056として正式に承認した。世界最大の鉱物データベース、Mindat.orgにも載る。神話の名前が、世界の鉱物リストに一行で並んだ。

新鉱物として認められるハードル——年間90〜110種の狭き門

日本は、新鉱物がよく見つかる国だ。島弧の込み入った地質、古くからの鉱山、そして熱心なアマチュアの多さ。日本産の新鉱物は、2025年時点で100種を超える。

IMA新鉱物承認プロセスの概要

段階内容期間の目安
発見・予備分析産地・外観・組成の初期データ収集数ヶ月〜数年
精密分析X線回折・電子顕微鏡・化学分析で構造確定1〜3年
IMA-CNMNC申請既存6000種との比較・独自性証明書類を提出申請後18〜24ヶ月
委員会審査各国の委員による審査・投票6〜12ヶ月
承認・命名IMA番号付与・Mindat.org登録・論文発表承認後6〜12ヶ月

新鉱物として国際的に認められるには、二つの条件を同時に満たす必要がある。

化学組成の独自性(既知のどの鉱物とも違う元素比率)と、結晶構造の独自性(既知のどの鉱物とも違う原子配列)。両方そろって初めてIMA-CNMNCに申請でき、各国の委員の審査を経て承認される。承認済みの鉱物は約6,161種(2025年7月時点、IMA公式リスト)、新たに加わるのは年に約90〜110種(2023年は112種)だ。

6千余りの鉱物に、新見の翡翠から出た1種が加わった。数字にすれば、ほんの一つ。その一つを足すのに、5年かかった。

田邊満雄氏——アマチュアが2例目の新鉱物発見

田邊氏の後ろには、「西日本鉱物化石研究会」がある。地域のアマチュアが集まり、情報を回し、一緒にフィールドを歩き、専門家への窓口にもなってきた会だ。一人で拾う石好きにも、こういう仲間の輪がある。

市場に出回る石ではない。模式地(新鉱物として報告された産地)での採集は研究目的以外は難しく、「名前は知られているが、手には入らない石」だ。

アマチュアが専門家と組んで新鉱物を見つける例は、日本にいくつもある。岡山県高梁市の布賀鉱山は、とくに多くの新鉱物を出してきた場所だ。

実物は、岡山県の「人と科学の未来館サイピア」・道の駅鯉が窪・新見市立中央図書館で公開されている。発見者ゆかりの地元での展示だ。2ミリの粒が、地元の棚に並ぶ。

田邊氏にとってアマテラス石は2例目の新鉱物発見だ。

1例目は沼野石(Numanoite)。2005年にIMA承認、2007年にカナダ鉱物学会誌で発表された含水ホウ酸塩鉱物で、岡山県高梁市の布賀鉱山から見つかった。この論文にも、田邊氏は共著者として名を連ねる。

西日本鉱物化石研究会のホームページには、会員が世界に送り出した新鉱物として沼野石(IMA2005-050)、セリウムバナジウム赤坂石(IMA2024-044)、そしてアマテラス石(IMA2024-056)が並ぶ。

アマチュアが専門機関と組み、世界の鉱物を一つずつ確かめていく。石の名前を確かめ直す仕事は、英国王冠の「ルビー」が実はスピネルだった話とも重なる。石の名前が決まるまでに、何世紀もかかることもある。

新見の模式標本は、2025年、田邊氏から岡山市の科学館「人と科学の未来館サイピア」に寄贈された。アマテラス石を含む2〜3ミリの粒が約30個入った、こぶし大の標本だ。こぶし一つに、30粒。探す側から見ると、気の遠くなる割合だ。

石好き次郎
田邊氏は、20年前にも新鉱物を見つけている。沼野石だ。1回は偶然かもしれない。2回は、そうではない。見る目を持った人間が、拾い続けた結果だ。

糸魚川からも見つかった——翡翠の新鉱物系譜

翡翠輝石岩を「新鉱物の宝庫」と見る目は、糸魚川の研究者のあいだで長く共有されてきた。高圧・低温の特殊な変成でできる岩なので、ほかの岩では生まれにくい鉱物が閉じ込められやすい。アマテラス石と一緒に出たタウソン石・松原石も、それぞれ珍しい鉱物だ。

アマテラス石の模式地は岡山県新見市の大佐山だが、糸魚川市の海岸で採取されたヒスイ輝石岩礫からも見出されている(日本鉱物科学会2025年年会発表より)。浜の礫から、だ。翡翠を探して浜を歩く人の足元にも、この粒は転がっていたことになる。

離れた二つの場所で翡翠が出るのは、どちらもかつてのプレート沈み込み帯にあたるからだ。高圧・低温の変成が翡翠輝石岩を作り、その中に小さな鉱物を閉じ込める。

糸魚川の翡翠輝石岩からは、糸魚川石(Itoigawaite、1998年記載)・松原石(Matsubaraite、2002年)・蓮華石(Rengeite、2001年)が出てきた。そこへ、岡山と糸魚川の両方で確認されたアマテラス石(2024年)が並ぶ。

糸魚川は、これまで日本の新鉱物の本場だった。そこへ岡山・新見という舞台が加わった。2026年2月には糸魚川で日本初のラピスラズリも確認された。日本列島の石は、まだ顔を出し切っていない。

新鉱物発見が示す「まだ知らない石」の広さ

拾った石の中に、世界初の鉱物が眠るかもしれない。そう書くと夢物語だが、新見では本当に起きた。要ったのは、知識と、しつこい観察と、専門家につながる道だった。

アマテラス石が教えるのは、鉱物学がまだ書きかけだということだ。

縄文から5,000年以上、人が手にしてきた翡翠の中にさえ、名前のない鉱物が眠っていた。いちばん見慣れた石が、いちばん知られていなかった。

しかも研究チームによれば、大佐山地域にはアマテラス石以外にも新鉱物が含まれていることが既に判明している。

大佐山は、これからも新鉱物を送り出しそうだ。山はまだ、全部を話していない。

石好き次郎から

アマテラス石の最初の一歩は、高価な機械ではなかった。ふつうの翡翠の中の黒い点に「なんだこれ」と引っかかった目だ。機械が呼ばれたのは、そのあとだ。

翡翠を拾えば、人は緑を見る。黒い点は、汚れか傷として素通りされる。私も20年拾ってきて、そういう点をいくつ素通りしたか分からない。

拾うのは一瞬。証明には5年。

次の一つは、どこかの誰かのポケットの中で、まだ名前を待つ。

石好き次郎
新鉱物を見つける確率は、たぶん宝くじより低い。それでも、私はまた河原に行く。見つからないと分かっていて、拾い続ける。黒い点も、次からは見てから帰る。
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名前を待つ石は、川砂の中にもいる。砂金のじゃま者だった北海道の砂白金からは、2022年にも新鉱物が出た。

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この記事を書いた人

石好き次郎
石を拾って20年、仕入れて売る仕事もしてきた。実際に見て、触って、確かめたことだけを書く。

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