英国王冠の「ルビー」はスピネルだった——何百年も誤解された宝石の名誉回復

スピネルの歴史と物語——宝石写真
石好き次郎
英国王冠の「ルビー」は、スピネルだった。170カラットの黒太子のルビーも、352カラットのティムール・ルビーも、全部スピネルだ。何百年も、王たちは間違った石を頭に乗せていた。

英国王冠の正面にある赤い大きな「ルビー」は、ルビーではない。スピネルだ。170カラットの「ブラック・プリンス・ルビー(Black Prince’s Ruby)」がそれで、ルビーのオークション記録に並ぶ本物のルビーとは、別の鉱物になる。

名前にルビーと付いたまま、中身はスピネル(spinel)。王冠の上で、ずっと別の石の名前で呼ばれてきた。

目次

赤い石は、みんなルビーと呼ばれた

スピネルは硬度8、等軸晶系。加熱しなくても色が出る石で、無処理のまま売られるものが多い。ルビーは大半が加熱される。処理の有無が気になる人ほど、スピネルは気が楽だ。

昔の宝石師は、色と光沢と硬さで石を分けた。化学の道具が無い時代に、赤くて硬い石をまとめてルビーと呼んだのは、手抜きではない。当時の物差しでは、それが精一杯だった。

中国でも、スピネルは長くルビーと同じ扱いだったといわれる。明・清の皇帝の装飾品にも、ルビーとして収められたスピネルがあるという。この勘違いは、英国だけのものではない。

中世のヨーロッパでは、赤い石はルビー、青い石はサファイアだった。スピネルもガーネットもトルマリンも、赤ければ同じ箱に入る。見た目で分けるかぎり、この間違いは避けられない。

18世紀に区別がついたあとも、有名な石の呼び名は変わらなかった。「ブラック・プリンス・ルビー」は、今もその名前のままだ。名前と正体が、ずれたまま並んでいる。

「偉大な詐欺師」と、1783年の区別

項目スピネルルビー(コランダム)
化学組成MgAl₂O₄(マグネシウム・アルミン酸塩)Al₂O₃(酸化アルミニウム)
結晶系等軸晶系(結晶は八面体)三方晶系(六角柱)
硬度モース硬度 8モース硬度 9
比重3.58〜3.613.97〜4.05
蛍光性赤色に蛍光(一部)赤色に蛍光(特にビルマ産)
科学的区別確立1783年・ロメ・ド・リルによる

スピネルは長く「偉大な詐欺師(The Great Imposter)」と呼ばれてきた。本人は何もだましていない。区別がついたのは1783年。フランスの鉱物学者ジャン=バティスト・ロメ・ド・リルが、結晶の形からスピネルとコランダム(ルビー・サファイアの鉱物種)を別のものとした。

王家の3つの「ルビー」

帝国王冠は、ロンドン塔の宝物館で見られる。ブラック・プリンス・ルビーは、その正面中央に載る。600年分の勘違いを、ガラス越しに眺められるわけだ。

ブラック・プリンス・ルビー(170カラット)は、帝国王冠の正面、カリナン2世ダイヤモンドの真上にある。14世紀、グラナダのムーア人の王子アブ・サイードが持っていた石を、スペイン王ドン・ペドロが(おそらく殺して)奪い、1367年に黒太子エドワードに贈った。

1415年のアジャンクールの戦いでは、ヘンリー5世の兜がこの石ごと戦斧で打たれ、王も石も生き残ったという話がある。1485年のボズワースの戦いでは、リチャード3世がこの石を兜に付けて戦い、死んだとされる。きれいな石ほど、血なまぐさい場所を通ってきた。

この石が14世紀から生き残ってきた道のりは、そのまま英国史になる。1649年にチャールズ1世が処刑されると、王室の宝石は売り払われた。この石もその一つで、のちにチャールズ2世が買い戻したと伝わる。王冠より、石のほうが長生きだ。

ティムール・ルビー(352カラット)は、ネックレスの中央石。これもスピネルだ。表面にペルシャ語で過去の所有者6人の名前が刻まれ(いちばん古い刻銘は17世紀はじめ)、1851年に東インド会社からヴィクトリア女王に贈られた。持ち主が、石に署名を残していった。

名前を順に読めば、インド・ペルシャ・中央アジアの君主から君主へ、この石が渡った道筋になる。

ロシア帝国王冠の中心石(398.72カラット)もスピネルだ。国が違っても、王様たちは同じ勘違いをしていた。

石好き次郎
石の美しさより、名前のほうが強い。「ルビーではない」と分かったとたん、同じ赤から目をそらす人は多い。石のほうは、何ひとつ変わっていないのに。

「スピネルはルビーより希少——しかし安い」という逆説

そもそも、同じ質の赤なら、スピネルのほうがルビーより採れる量が少ないといわれる。モゴクでも、良質なスピネルはルビーよりずっと少ないとされる。

それでも値段は、高品質1カラットのルビーが数万ドル、スピネルは数千ドル前後。ざっと一桁違う。

希少さは、値段を決めない。ルビーは四大宝石(ダイヤ・ルビー・エメラルド・サファイア)の一つとして、何百年も名前を積み上げてきた。スピネルは「偽ルビー」と呼ばれてきた。値札に載るのは、石の重さより名前の重さだ。

「スピネルは安い」という見方は、少しずつ変わってきた。2010年代以降、コレクターの関心が高まり、最高品質の無処理ビルマ産スピネルは、1カラット数十万円〜100万円超のものも出てきた。

2021年のミャンマーのクーデター以降、モゴクの採掘と流通は混乱が続く。軍に近い企業が採掘を握る体制が強まり、独立の採掘師が減ったとも報じられる。新しい石が出にくくなれば、手元の良い石は、値打ちが上がる方向に動く。

「合成スピネル」の普及が本物の存在を消した

スピネルの評判を下げたものが、もう一つある。合成だ。

合成スピネルは1920年代から作られ、1930年代に大量生産が本格化した。ベルヌイ法(粉を炎で溶かして結晶を育てる方法)で安く作れるので、アクアマリン・ジルコン・トルマリン・サファイア・ルビーなどの代わりに広く使われた。高校の卒業指輪の石にも、よく使われた。

天然か合成かは、鑑別書ではっきり分かる。屈折率・内包物・蛍光性に違いが出る。スピネルを買うなら、「Natural Spinel(天然スピネル)」と書かれた紙を見る。安すぎる「天然」は、紙を見る前に疑っていい。

こうして「スピネル」と聞けば安い模造品、という印象ができあがった。天然まで、その印象の下に埋もれた。皮肉なことに、名前そのものが広く知られたのも、合成のおかげだった。

「ジェダイ・スピネル」——コレクターが狂う蛍光ピンク

いま話題になるのが「ジェダイ(Jedi)スピネル」。ミャンマー産の、蛍光のネオンピンクだ。名前は、スター・ウォーズのライトセーバーの色に似ているから、という説がある。ふつうの照明の下でも、石が自分で光るように見える。

ジェダイ・スピネルは、市場に出る量がとても少ないといわれる。名前が知られるほど、手に入りにくくなる。

最高品質の1カラットなら、5,000〜15,000ドル以上(2024年)。スピネルとしては破格の値段だ。さらに少ないコバルト・ブルー・スピネル(ベトナム産など)は、コバルトの青で、1カラット数千〜数万ドル。偽ルビーと呼ばれた石が、ここまで来た。

石好き次郎
ミャンマーの商人は、ヨーロッパの科学者より200年早くルビーとスピネルを見分けていた、という話がある。硬さと産状で分けていたらしい。本で覚えた知識より、手で覚えた知識のほうが先を行くことがある。

2016年——スピネルが8月の誕生石になった

2016年7月、米国宝石商協会(JA)と米国宝石貿易協会(AGTA)が、スピネルを8月の誕生石に加えた(ペリドット・サードニクスに追加)。1912年に誕生石が決まってから、1952年の見直し、2002年のタンザナイト追加に続く変更だった。

日本でも2021年に誕生石が見直され、8月にスピネルが加わった。米国から5年遅れ。それでも、自分の誕生石の欄で初めてこの名前を見た人は多いはずだ。

ルビーとスピネルの見分け方

1783年のロメ・ド・リルの区別は、近代宝石学の出発点の一つとされる。GIA(米国宝石学院)ができる1931年より、150年も前の話だ。

スピネルを初めて意識して見たのは、「英国王冠のルビーが実はスピネルだった」という話を読んでからだ。それまでは、ルビーの引き立て役くらいにしか思っていなかった。ジェダイスピネルの光るような色を実物で見たとき、ルビーにはない輝き方があると感じた。引き立て役のほうが、よほど派手だった。

見分けの基本は、複屈折だ。ルビーは複屈折を示し、石を通して線を見ると二重に見えることがある。スピネルは等軸晶なので単屈折。二重にならない。

色にも傾向がある。ルビーは青みを帯びた赤、スピネルはやや橙がかった赤が多い。並べれば違う。一個だけ渡されると、正直、迷う。

紫外線を当てると、ルビーは赤く光る。赤いスピネルも光るものが多く、産地によってはルビーより強い。光り方だけでは決めない。

確実なのは、屈折率を測ることだ。ルビーは1.76〜1.77、スピネルは1.71〜1.73。屈折率計があれば数秒で分かる。1783年には結晶の形を見比べて出した答えが、今は数秒だ。

ミャンマーのモゴクでは、ルビーとスピネルが同じ場所から出る。同じ土の中から、似た赤が出てくる。混ざったのは、人の頭より先に地面のほうだった。

スピネルの結晶は、八面体で出る。ダイヤモンドと同じ形だ。原石なら、形を見れば等軸晶系だと見当がつく。

赤いスピネルは、クロムで色が出る。ルビーと同じ元素だ。だから色が似る。同じ絵の具でも、下地が違えば別の絵になる。

ベトナムのルクイエン産には、蛍光の強いピンクスピネルが出る。紫外線で燃えるように光る。ネオンピンクと呼ばれ、高値がつく。

タンザニアのマヘンゲ産スピネルは、2007年に見つかった。鮮やかな赤で、1カラット数十万円になる。産地が値段を決める例だ。

名前の話を二つ。スピネルの語源は、ラテン語の「棘」。八面体の結晶が尖って見えるからだ。名前が、結晶の形をそのまま言う。昔は「バラス・ルビー」とも呼ばれた。産地のバダフシャン(現アフガニスタン)から来た名前だ。

日本で宝石になるスピネルは、まず出ない。市場に出るのは輸入品で、ミャンマー、ベトナム、タンザニア、スリランカが主な産地だ。河原の赤い粒にスピネルを夢見るのは、やめておいたほうがいい。

石好き次郎から

ルビーとスピネルは、並べて書けばここまで違う。それでも何百年も同じ名前で呼ばれた。人の目は、案外あてにならない。私の目も含めて。

ブラック・プリンス・ルビーは、600年以上ルビーと呼ばれてきたスピネルだ。名前は、いまも変わっていない。変えなくていいと思う。間違えられてきたことまで含めて、あの石の歴史だ。

石好き次郎
スピネルは、私がついひいきしたくなる石だ。名前で損をしてきたぶん、値段が実力に見合っていない。世間の評価と自分の評価がずれている石を持つのは、悪くない気分だ。
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人の目があてにならないのは、照明ひとつでも分かる。昼は緑、夜は赤に見えるアレキサンドライトはなぜ色が変わるのかへ。

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この記事を書いた人

石好き次郎
石を拾って20年、仕入れて売る仕事もしてきた。実際に見て、触って、確かめたことだけを書く。

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