伊勢神宮と宝石——神様に捧げられた石の正体

伊勢神宮のお白石——神様に捧げられた宮川の礫石

伊勢神宮で神様に捧げられる石の正体は、宝石ではない。宮川の河原から集めた白い礫、「お白石(おしらいし)」だ。正殿のまわりに敷かれ、20年に一度の式年遷宮では、これを人の手で運び込む「お白石持行事」がある。御神体の鏡も、三種の神器の勾玉も、さかのぼれば石にたどり着く。

石好き次郎
石は、見た目より重い。白い礫を神域まで担ぐのは、拾うよりずっと骨が折れる。しかも一つも持ち帰らない石拾いだ。私には、まねできそうにない。

お白石は丸い礫で、白や灰白色の石英質の石が中心だ。宮川の上流から流れてきた石英岩やチャートが混じる。河原にしゃがめば、似たような白い丸石はいくらでも転がる。

神様のそばの石正体もとをたどると見る・拾う
お白石(正殿のまわり)白い石英・石英岩などの礫宮川の河原神域の石は拾わない。同じ顔の礫は宮川の河原にある
八咫鏡(内宮の御神体とされる)古代の鏡なら青銅銅は黄銅鉱や孔雀石、錫は錫石非公開
八尺瓊勾玉(三種の神器)翡翠という説がある翡翠なら糸魚川あたり非公開。翡翠は糸魚川の浜で拾える
磐座(全国の神社)花崗岩・安山岩などの硬い岩その土地の岩拝む岩。拾わない
目次

20年に一度、白い石を運ぶ日

式年遷宮は、20年ごとに社殿や宝物を新しく作り替える神事だ。前回は2013年の第62回、次は2033年の予定。その中のお白石持行事では、全国から集まった奉仕者が宮川の白い石を布袋に入れて運び、新しい正殿のまわりに納める。ふだん近づけない奥へ、石を抱えて入る。主役は人ではなく、石のほうだ。

白い礫は、長く水に揉まれて角が取れ、手に取るとすべすべしている。石英が主体の石は化学的に安定していて、風化しにくい。白を選んだのは信仰でも、白いまま川を下ってこられたのは化学のおかげだ。

式年遷宮の社殿は、木曽ヒノキ(岐阜県・長野県産)で建て替える。唯一神明造は木造が基本で、柱は礎石に載せず、地面に直接立てる「掘立柱」だ。石の土台を使わない。そのかわり、まわりに白い石を敷く。石は建物を支える役ではなく、場を清める役に回された。

お白石の地質——宮川が運ぶ石の正体

宮川は大台ケ原(標高1,695m)から伊勢湾へ流れる一級河川だ。上流の山から削られた岩のうち、柔らかいものは運ばれるうちに砕けて減り、硬い石英(モース硬度7)が礫として残りやすい。下流の白い石は、山の骨の残り物だ。

宮川の下流の河原は、白一色ではない。白い石英の礫に、緑色片岩、灰色の砂岩、黒っぽいチャートが混じる。その中から白だけを選び出したのが、お白石だ。残りは、白くないという理由だけで選ばれなかった兄弟たちだ。

残った岩に、神様が来る

神道には、岩や石に神が宿るという考えがある。御神体として岩を祀る「磐座(いわくら)」、巨岩を神域の境にする「磐境(いわさか)」は、全国の神社に見られる。社殿が建つ前は、岩そのものが拝まれてきた土地も多い。神様の最初の家は、岩だった。

磐座の多くは、花崗岩・安山岩・玄武岩のような硬い岩だ。まわりが風化して崩れても、磐座だけが残ることがある。拝まれたから残ったのか、残ったから拝まれたのか。私は後者だと思う。硬い岩は、昔の人の目にも、どこか普通ではなかったはずだ。

長野の諏訪大社の近くには、縄文時代から黒曜石の一大供給地だった和田峠がある。いい石が出る場所に、神様がいる。偶然と片づけるには、できすぎた並びだ。

御神体の鏡も、さかのぼれば石

内宮の御神体は、三種の神器の一つ「八咫鏡(やたのかがみ)」とされる鏡だ。実物は非公開で、形も材質も分からない。古代の鏡なら、銅・錫・鉛の合金、青銅で作るのがふつうだ。そして金属は、どれもどこかの石から出てくる。

銅は黄銅鉱や孔雀石から、錫は錫石から採る。神聖な鏡も、さかのぼれば誰かが山で掘った石だ。鏡に手を合わせながら孔雀石の緑を思い浮かべる人は、ほとんどいないと思う。私は、つい浮かべる。

玉(たま)と石——古代の宝石文化の原型

「玉(たま)」は「霊(たま)」と同じ音だ。縄文の勾玉(翡翠・滑石・碧玉)、古墳時代の玉(碧玉・水晶・翡翠)は、飾りであると同時に、力の宿るものとして副葬・奉納された。三種の神器の「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」も、翡翠だという説がある(実物は非公開)。きれいな石には何かがいる。昔の人は、本気でそう考えた。

糸魚川の浜で翡翠を探すと、同じ石が神器の材料になったという話が、急に足元の話になる。石が神器になる時代は終わったが、きれいな石を手元に置きたい気持ちは、縄文の勾玉職人のころから変わらない。

翡翠が最高位とされたのは、緑の美しさと硬さ、少なさのためだ。縄文人は糸魚川の川や浜で翡翠を拾い、長い時間をかけて磨き上げ、穴まで通した。拾った時点で満足して帰る私とは、根性の桁がちがう。

石好き次郎
石の良し悪しを、商いの場で長く見比べてきた。それでも縄文の勾玉の前では、目利きの出る幕はないと思う。あれは値段の前に、手間でできた石だ。

お白石の実家——宮川の上流へ

宮川の上流、大台町や多気町のあたりの河原では、白い石英の礫に、変成岩や堆積岩の礫が混じる。参拝のついでに上流へ回れば、お白石の生まれ故郷の顔が見られる。神域の白い石の、実家を訪ねるようなものだ。河原の石の顔ぶれは、宮川の記事に並べた。

白い礫を拾ったら、割れ口を見る。ガラスのように光れば石英、ろうそくのように鈍く光ればチャートだ。お白石の兄弟を見分けるには、これで足りる。

拝む石は、拾わない

ここだけ、堅い話を一つ。神社・寺の境内や磐座の石は持ち帰らない。神社の財物で、法的に問題になることもある。伊勢志摩国立公園の特別保護地区・特別地域も、見るだけにする。それ以外のふつうの河原なら、個人の石拾いを怖がる必要はない。

拝む場所では、拾う代わりに「この石はどこから来たか」を考える。そのほうが、かえって長く楽しめる。手に取りたくなったら、神域を出て宮川の河原へ行けばいい。

石好き次郎から

伊勢神宮にも、宮川の河原にも行った。お白石は、角の取れた白い石英の礫だ。宮川の河原で同じ顔の石を見かけたら、私はたぶん素通りする。それくらい、ありふれた白だ。

五十鈴川の石も宮川の石も、上流の山から来る。値段のつかない石が、いちばん大事な場所に敷かれる。この話で、私がいちばん好きなところだ。

石好き次郎
お白石は、遷宮のたびに宮川から新しく運ばれる。川は20年かけて、次の白い石を用意しておく。石拾いの目で見ると、いちばんの働き者は宮川だ。
石好き次郎のおすすめ
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河原で素通りしかねない白い石英にも、名前と来歴がある。河原で見つかる綺麗な石なら、白い石の顔から引ける。

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この記事を書いた人

石好き次郎
石を拾って20年、仕入れて売る仕事もしてきた。実際に見て、触って、確かめたことだけを書く。

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