
大坂城の石垣に使われたと伝わる花崗岩「北木石」は、岡山・笠岡市の北木島の石だ。岡山の石がおもしろいのは、両極端だからだ。島で切り出されて大坂城まで運ばれた花崗岩と、田んぼの底の土を炎で焼き締めた備前焼。運ばれた石と、焼かれた石が、同じ県にある。
備前焼は釉薬も絵付けも使わない。色と模様を作るのは、土の中の鉄分と炎だけだ。1200〜1300℃の窯で、鉄が酸化するか還元されるかで、赤・黒・青・橙に変わる。石の色が鉄で決まるのと、仕組みは同じだ。
「投げても割れぬ」と言われる強さ。六古窯のひとつとして1,000年以上続く歴史。その出どころは、備前市伊部(いんべ)の田んぼの底の粘土「ひよせ」だ。
ひよせを高温で焼き締めると、粘土の粒が熱で結び直す。石が地下で焼き直される変成作用と、筋書きが似る。窯の中で起きるのは、人が起こした小さな変成作用だ。地面の下なら長い時間をかける仕事を、窯は10日前後で済ませる。
岡山の地質は、ざっくり三つ。花崗岩の山陽帯、砂岩・泥岩の吉備高原、旭川などがつくった平野。器の土も、庭の石も、この三つのどこかから出た。
後楽園の石組みや石燈籠には、岡山の花崗岩・安山岩が使われた。名園で、灯籠の石の粒ばかり見ている客は少ない。少ないから、ゆっくり見られる。
石の歴史を読んで、岡山で石を拾ってみたくなったら岡山で石を探す|500円で化石が掘れる県と、県名が鉱物名になった鉱山へ。行き先は、そちらにまとめてある。
「ひよせ」——備前焼の全てを決める粘土の地質
「一土、二焼け、三形(かたち)」。備前焼でいちばん大事なのは土だ。伊部から香登(かがと)にかけての田んぼの底にたまった「ひよせ(干寄)」は、鉄分と有機物をたっぷり含む。
田んぼの1〜2m下にある粘土で、古い海の泥が風化してたまったものとされる。ひよせが無ければ、備前焼も無い。
10日前後焼くあいだに、松の灰が器に降り積もり、溶けて「自然釉」になる。釉薬は使わないのに、薪が勝手に釉薬をかけていく。人が手を引いたぶん、火が働く。
窯変——鉄分が炎で変化する「鉱物の化学反応」
窯変(ようへん)は、焼いているあいだに鉄分が酸化・還元されて色が変わる現象だ。石を拾う目で見ると、これは鉱物の色の変化そのものだ。
| 窯変の種類 | 色・模様 | 石・化学の視点 |
|---|---|---|
| 胡麻(ごま) | 胡麻を散らしたような白・黄・青の粒模様 | 松割木の灰が高熱でガラス化(長石・珪酸の溶融) |
| 桟切り(さんぎり) | 炭に埋もれた部分が黒・青灰色に | 酸素不足の還元焼成→Fe₂O₃(赤)→FeO(黒)に変化 |
| 緋襷(ひだすき) | 朱色・赤橙の線が素地に走る | 藁の成分と土の鉄分の化学反応→赤鉄鉱(α-Fe₂O₃)と同じ赤 |
| 牡丹餅(ぼたもち) | 上に置いた作品との接触部が赤・茶に | 局所的な酸化焼成で鉄分が発色 |
「桟切り」の黒は、酸素を絶った還元焼成で出る。酸素の少ない深海底や湿地で、磁鉄鉱やパイライトのような還元型の鉄鉱物ができるのと、同じ筋書きだ。窯の中で、地層の一場面をやり直している。
「投げても割れぬ」の理由——焼き締めの科学
備前焼が丈夫なのは、焼き締めを徹底するからだ。1200〜1300℃で7〜10日。粘土の粒が溶け合って詰まり、陶器としてはかなり緻密になる。磁器にはかなわない。「投げても割れぬ」と言わせるには、それで足りる。
備前焼が酒・茶をまろやかにする理由
備前焼の器に酒や水を入れると、まろやかになる、花が長持ちする、と言われる。表面に細かい気孔があり、わずかに空気が通るため、と考えられる。言い伝えと理屈が、半分ずつ。
備前の土と、岡山の川を一緒に歩く
備前焼の人間国宝の技は、ひよせの癖を読み、炎の当たり方を操ることだという。土を知ることが、焼き物の芯にある。石を見る仕事と、根っこは同じだ。
| 地質・材料 | 備前焼との関係 |
|---|---|
| ヒヨセ(田土) | 吉井川流域の古生代泥岩風化粘土・備前焼専用原料 |
| 鉄鉱物(赤鉄鉱・磁鉄鉱) | 窯変の色の違いを生む酸化・還元反応の主役 |
| 長石(フェルドスパー) | 高温で溶融し粘土粒子を結合させる自然釉の前駆体 |
| 石英(クォーツ) | 粘土の骨格を保つSiO₂成分・強度と透明感の源 |
| 薪(松材) | 炎の温度・酸素量をコントロールする燃料 |
岡山で石を拾うなら、旭川・高梁川・吉井川の三本を軸にすると組み立てやすい。吉井川の流域は、ひよせを生んだ土地そのものだ。器を見た翌日に、その土が来た川を歩く。順番としては、それがいい。
旭川は、中国山地から花崗岩・砂岩・チャートの礫を運んでくる。岡山市の真ん中を流れるので、街から近いのがいい。県庁所在地で石が拾える県は、それだけで得をしている。
高梁川は吉備高原・備中山地から流れ、砂岩・チャート・変成岩の礫が多い。旭川とは顔ぶれが違うので、二本の川を拾い比べると、岡山の西と東の違いが手に乗る。
奥津渓は、花崗岩が削られてできた渓谷だ。川が磨いた花崗岩の丸石が、河原に転がる。紅葉を撮る人の横で、丸石の白さを見比べる楽しみ方もある。
磐窟渓は、石灰岩の岩峰がそそり立つ渓谷で、鍾乳洞もある。水に溶ける石が、水に削られて景色になった。溶けることで名を上げる石は、石灰岩くらいだ。
蒜山高原は、大山の東に続く安山岩・玄武岩の火山地帯だ。花崗岩が主役の中国山地と、大山の火山岩が、鳥取との県境で隣り合う。境目では、足元の石の色が変わるはずだ。
岡山には、花崗岩のマグマの熱で焼かれた岩もある。ホルンフェルスや大理石だ。備前焼の陰に隠れがちだが、石を拾う人間には、こちらも気になる。
高梁市成羽町は、中生代三畳紀(約2億年前)の地層から植物化石などが出る、国内有数の化石産地だ。成羽美術館には成羽の化石が並ぶ。絵と化石が同じ建物にある。どちらを先に見るかで、少し迷う。
伊部で窯元を回り、吉井川や旭川で石を拾う。この組み合わせなら1泊2日で回れる。吉備津神社の石組みや石段には、岡山の花崗岩が使われた。お参りの列で、石段の粒を見て遅れる人間が一人いても、神様は怒らないと思う。

運ばれた石と、焼かれた石
仕事で石を長く見てきたせいで、石を前にすると「どこから運ばれたか」と「どう手を入れられたか」を、つい先に考える。岡山は、その両方の見本が一つの県にそろう。
大坂城の石垣は、この島から来た
瀬戸内の北木島で採れる花崗岩「北木石」は、大坂城の石垣に使われたと伝わる。天下の名城の壁の一部が、この小さな島から出た。
唸るのは運び方だ。数十トンの巨石を島で切り出し、船に載せ、瀬戸内海を渡って大坂まで運ぶ。機械は無い。河原で両手に余る石ひとつにも腰が引ける身には、数十トンは想像の外だ。
北木島には、採石場の跡が残る。花崗岩を大きな塊で切り出した壁面は、写真で見ても大きい。良い石は、産地の名前を何百キロ先まで連れていく。
北木島の花崗岩は、大坂城で役目を終えたわけではない。近代以降も日本銀行本店や靖国神社の大鳥居など、各地の建物や記念碑に使われ、島では今も一部で採石が続く。同じ島が、何百年も石を出し続ける。
石を使わない焼き物が、最も石を語る
備前焼は、色ガラスの膜(釉薬)をかけず、土そのものを焼き締める。だから石を見る目には、いちばん石の話をする焼き物に見える。
石を見るとき、私はまず色から鉄の状態を読む。備前焼の窯変も同じで、赤や黒の景色を見れば、その部分が窯のどこで、どんな炎に当たったかが、おおよそ分かる。器の上に、地球が鉄で色を作る化学が写し取られている。
土の欠点が、器の骨になった
備前焼の土「ひよせ」は鉄分が多く、釉薬がのりにくい。焼き物の材料としては、本来なら欠点だ。
備前の職人は、その欠点を逆手に取った。のらないなら、いっそ釉薬なしで焼き締める。鉄の多い土は高温で粒がガラス質に溶け合い、「投げても割れぬ」と言われる強さになった。欠点だった鉄が、そのまま器の骨になった。
この話が、いちばん好きだ。石も同じで、扱いにくい石ほど、うまく使えば唯一の個性になる。欠点か長所かは、石の側ではなく、見る側が決める。
よくある質問
Q. 備前焼の体験はできる?
できる。伊部には窯元と体験施設が多く、JR赤穂線の伊部駅から歩ける範囲に窯元が集まる。電動ろくろや手ひねりの体験は2,000〜5,000円程度。伊部駅そばの備前焼ミュージアム(大人500円程度)で窯変の仕組みを先に見ておくと、窯元の棚の前で立ち止まる時間が長くなる。
Q. 花崗岩はなぜ石垣に向いている?
硬くて丈夫で、大きな塊のまま加工しやすいからだ。何百年も持つ。城の石垣に選ばれるのは、石の側から見ても順当な人選だ。
Q. 北木島へはどう行く?
笠岡の港から船で渡る。大坂へ石が渡っていった海を、逆向きに渡ることになる。
石好き次郎から
北木島の花崗岩は、白い。長石が多く、黒雲母が少ない。稲田石に似た組成だ。白い石垣は、海の上からもよく見えたと思う。
海運が使えたから、大きな石も動かせた。陸だけなら、大坂城の大きさは違ったと思う。
島には、切り出しかけの石が残る。矢穴という、くさびを打ちこんだ跡が並ぶ。穴に木のくさびを入れ、水で膨らませて割る。岡山には行ったことがある。近いうちにまた行くつもりで、次は矢穴の数を数えてみたい。
釉薬で隠さず、土そのものが色になる。石好きが焼き物に弱いのは、たぶんこのせいだ。


関連記事
- 関西の川原と海岸で宝探し。6府県の石を巡る——岡山の東、関西6府県へ。竹田川のガーネットからサヌカイトの二上山まで
- 朝鮮人陶工が見つけた石がヨーロッパの磁器を変えた——李参平と有田焼、佐賀の陶石の奇跡——有田焼の白は、山の白い石を砕いた色だ。李参平が見つけた陶石の話
- 16世紀、島根の銀が中国の税制を支えた——同じ中国地方の山が世界の銀を動かした。石見銀山と灰吹き法
- 原爆の熱が石に人間の影を焼き付けた——広島は花崗岩の街だ。1945年の朝を表面に残した影の石と宮島
- 47都道府県の石の物語|城・鉱山・宝石貿易が語る日本史——大坂城の石のほかにも。47都道府県の城・鉱山・宝石の物語へ


コメント