源泉数約5,086カ所・湧出量291,000リットル/分——どちらも日本一。そして「地獄」。
別府の「地獄めぐり」——コバルトブルーの海地獄、真っ赤な血の池地獄、白く濁る白池地獄。これほど色の異なる温泉が一か所に集まるのは、温泉の成分(溶け込んだ鉱物)が池ごとに違うからだ。石好きとして別府の温泉を見ると、「地獄の色は鉱物の色だ」という事実に気づく。

地獄の色は鉱物の色——化学で読む別府地獄
| 地獄の名称 | 色 | 色の原因(鉱物・化学物質) | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 海地獄 | コバルトブルー | 硫酸銅(CuSO₄)——銅イオンが水に溶けた青 | 地獄の中で最大規模。98℃。美しすぎる池 |
| 血の池地獄 | 赤〜赤褐色 | 酸化鉄(Fe₂O₃)——鉄が酸化した赤錆の色 | 日本最古の「天然地獄」。奈良時代の記録あり |
| 白池地獄 | 乳白色 | コロイド硫黄(S)——硫黄の微粒子が白く濁らせる | 噴出時は透明、冷えると白濁。温泉が変化する過程を見られる |
| 鬼石坊主地獄 | 灰色〜茶色 | 熱泥——粘土鉱物と温泉が混合した泥 | 灰色の泥が沸騰する「泥泡」が不思議 |
| 竜巻地獄 | 無色〜白 | 純粋な熱水噴出(間欠泉) | 30〜40分おきに熱湯が吹き上がる日本唯一の定期間欠泉 |
地獄の色の違いは「地下のどんな岩石が熱水に溶けているか」の違いだ——銅を含む岩石が溶ければ青、鉄を含む酸化物が沈殿すれば赤、硫黄成分が多ければ白。別府地獄めぐりは「温泉の化学を全身で体験する野外実験」と言い換えることができる。
なぜ別府だけこれほど多くの温泉が湧くのか
大分県は「源泉数・湧出量ともに全国1位」だが、特に別府市の源泉密度は世界的に見ても突出している。理由は地質だ。別府市は鶴見岳(標高1,375m)と伽藍岳(標高1,045m)の2つの活火山の麓に位置し、火山の地熱が地下水を加熱して温泉を生む。さらに別府湾の海底に地熱活動があり、陸上と海底の両方から温泉が湧出する特殊な地質環境だ。
温泉は「雨水が地下深くに浸透し、地熱で温められ、岩石からミネラルを溶かし込みながら地表に湧き出す水」だ。別府の山々を作る火山岩・安山岩・凝灰岩が溶け込んだミネラルが、各泉質の「個性」を作っている。10種類ある泉質のうち7種類が別府で確認されているのは、地下の岩石の多様性を反映している。
湯の花——温泉が作る結晶
明礬(みょうばん)温泉の「湯の花小屋」は、別府でしか見られない独特の施設だ。火山性蒸気が噴出する地面に「藁ぶきの小屋」を建て、その内部に温泉蒸気を閉じ込めると、天井や柱に「湯の花(ゆのはな)」と呼ばれる結晶が析出する。この施設と周囲の景観は「別府の湯けむり・温泉地景観」として国の重要文化的景観に選定されている。
湯の花の正体は「明礬(みょうばん)」——硫酸アルミニウムカリウム(KAl(SO₄)₂·12H₂O)という化合物の結晶だ。温泉蒸気に含まれる硫酸・アルミニウム・カリウムが冷えながら結晶化した天然の化学物質で、江戸時代から薬品・染色の媒染剤・食品添加物として利用されてきた。「温泉が石を溶かして作った結晶」——湯の花は「石が温泉を経由して別の鉱物になった」過程の産物だ。

大分の石——別府石と温泉文化
別府には「別府石」と呼ばれる安山岩の石材産地がある。明礬温泉の急傾斜の地熱地帯に別府石の石垣が築かれ、湯の花小屋が立ち並ぶ景観は、温泉地帯の活用と石の文化が合わさった独特の景観だ。別府石は鶴見岳・伽藍岳の火山活動で生まれた安山岩で、別府の街の石造物に広く使われてきた。
別府地獄の歴史——奈良時代に始まった「地獄観光」
血の池地獄は「日本最古の天然地獄」とされ、奈良時代の書物にすでに記録がある。豊後国風土記(713年頃成立)や万葉集にも「赤湯の泉」「玖倍理(くべり)湯の井」として地獄地帯の記述が残る。1,300年前にも同じ赤い温泉が同じ場所で噴出していた——地球の地熱活動は人間の文明よりはるかに長い時間軸で動いている。895年には醍醐天皇が、1044年には後冷泉天皇が柴石温泉に入湯した記録も残っている。
よくある質問
Q. 地獄めぐりで石好きが特に注目すべき場所は?
海地獄(銅の青)・血の池地獄(鉄の赤)・白池地獄(硫黄の白)の3か所を「鉱物の色の違い」という視点で見ると全く異なる体験になる。また明礬温泉の湯の花小屋(見学可能)では「温泉が結晶を作る過程」を実際に見ることができる——石好きにとって最も価値のある別府の体験のひとつだ。
Q. 別府の温泉成分は体に影響しますか?
泉質によって全く異なる。単純温泉(刺激少・入門向け)・塩化物泉(保温効果)・硫酸塩泉・硫黄泉(殺菌力強・皮膚病に効果)・酸性泉(刺激強・肌に染みる)・含鉄泉(貧血に効果的)など多彩だ。泉質の多様性こそ別府が「温泉天国」たるゆえんで、目的に合った泉質の温泉を選べる。
石好き次郎から
「温泉の色は鉱物の色だ」——これを知ってから別府地獄めぐりを歩くと、「地獄」が「地球の化学実験場」に見えてくる。コバルトブルーの海地獄に銅が溶けていて、赤い血の池地獄に酸化鉄が沈殿している。石好きとして温泉を見ると、地下の岩石が何を含んでいるかが「色」として目に見える。別府の温泉は「岩石の化学の可視化」だ。


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