
磁器は、石を焼いた器だ。陶器の原料は粘土(土)だが、磁器の原料は陶石(石)。白い磁器は、長石・珪石・カオリンが高温で焼かれてできる。愛知の石のおもしろさは、河原より先に食器棚にある。
「せともの」という言葉は、愛知県瀬戸市の焼き物が語源だ。1000年以上続く瀬戸の器が東日本に広まり、やがて焼き物全般を指す言葉になった。地名が普通名詞になる。石の産地として、これ以上の出世はなかなか無い。
愛知の地質は、ざっと四つ。尾張丘陵の古生代〜中生代の付加体、三河高地の花崗岩・変成岩、名古屋平野の沖積層、知多半島の新生代の堆積岩。焼き物の印象が強すぎるが、河原に降りても退屈しない県だ。
瀬戸のまわりの地盤は、長石・石英・カオリン(高嶺土)を含む、風化した花崗岩・花崗斑岩だ。この組み合わせが、器の原料にちょうどよかった。同じ磁器でも、有田の陶石は流紋岩が変質した石で、生まれがまるで違う。
矢作川の河原には、三河高地の花崗岩・変成岩・砂岩の礫が集まる。愛知の川の中では石の種類が多いほうで、三河の山の中身を手で確かめながら下れる。
愛知で石を拾いに行くなら、行き先は東海3県、石を探して川と海へ。ガーネット・チャート・奇岩にまとめた。ここでは、石が残した愛知の歴史をたどる。
陶磁器の原料は石——「土もの」と「石もの」の違い
| 区分 | 原料 | 焼成温度 | 特徴 | 代表例 |
|---|---|---|---|---|
| 陶器(土もの) | 粘土(陶土)——鉄分を含む | 1,000〜1,200℃ | ざらっとした土の質感・不透明 | 瀬戸焼(本業焼)・常滑焼・信楽焼 |
| 磁器(石もの) | 陶石——長石・珪石・カオリン(鉄分少) | 1,280〜1,300℃ | 白く透明感がある・ガラス質 | 有田焼・九谷焼・瀬戸染付焼 |
磁器の白さは、鉄の少なさで決まる。鉄が多いと、焼けば茶色から黒になる。白い器には、石英・長石・カオリンのような鉄の少ない原料が要る。瀬戸がそれに恵まれた理由は、「瀬戸層群」という地層にある。
尾張丘陵には、古生代〜中生代の付加体(砂岩・チャート・変成岩)が顔を出す。名古屋から遠くない場所に、昔の海の底が地表に出ている。大都市のすぐ裏が海底というのは、何度考えても妙な話だ。
知多半島の中新世〜鮮新世の地層からは、貝化石や植物化石が出る。焼き物の半島だと思って行くと、足元は数百万年前の海だ。化石が目当てなら、窯元に寄るのは帰りにしたほうがいい。先に寄ると、たいてい時間が足りなくなる。
豊川の河原には、三河山地の変成岩・花崗岩・砂岩の礫が集まる。東三河で石を見るなら、矢作川と並んでここになる。豊川と聞いて稲荷を思い出す人は多いが、石好きが思い出すのは河原のほうだ。
瀬戸層群——1000万年前の地層が「白い器」を生んだ
瀬戸市の足元にある「瀬戸層群」は、約1,000万年〜200万年前にたまった地層だ。焼き物に欠かせない良質な粘土が、ここから出る。
木節粘土(きぶしねんど)と蛙目粘土(がいろめねんど)。どちらも鉄分をほとんど含まない白い粘土で、火に強く、形を作りやすい。そのうえガラスの原料になる珪砂まで同じ地層に入る。土もガラスも一か所でそろう。千年続く窯業の町は、まず地面が恵まれていた。
名古屋城の石垣には、各地から集めた花崗岩・安山岩・砂岩が積まれる。産地の違う石が一枚の壁に並ぶ。石垣の前で「これはどこの石だ」と当てたくなるが、当たったかどうかは誰も教えてくれない。
常滑の「やきもの散歩道」は、古い窯・煙突・土管が続く坂道の町並みだ。粘土が火を通って、まったく別のものになる。石好きの目で歩けば、町じゅうが「熱で変わった石」の見本だ。
「せともの」はなぜ全国の焼き物の代名詞になったのか
鎌倉時代から室町時代にかけて、瀬戸は国内でただ一つ、釉薬(うわぐすり)をかけた陶器を焼く産地だった。ほかが釉薬をかけない器を作っていた時代に、瀬戸だけが艶のある器を全国へ出した。「せともの」が焼き物の代名詞になったのは、そのころの貯金だ。
いまの瀬戸は、食器のほかに建築陶材、碍子(がいし)、自動車部品まで焼く。「瀬戸では作れないものはない」と言われるらしい。言葉の懐が深いのは、町の懐が深いからだ。
常滑焼——「赤い粘土」が生んだ日本六古窯最大産地
知多半島の常滑焼は、瀬戸とは逆に、鉄分の多い赤い粘土を使う。焼けば赤〜赤茶色。朱泥急須(しゅでいきゅうす)のあの赤は、土の中の鉄の色だ。日本六古窯の中で最大規模の産地で、伊勢湾の海路で東北から九州まで運ばれた。
大正時代、常滑焼の技術で作られた煉瓦が、帝国ホテル旧本館に使われた。1923年の関東大震災で、その建物は崩れなかった。赤い土は、急須だけの土ではなかった。
愛知の石を、山と町でたどる
愛知には、山(三河山地・鈴鹿山脈)、平野(濃尾平野)、半島(知多・渥美)、海(伊勢湾)がそろう。地質が地形を作り、地形が窯や石屋の場所を決めた。器も墓石も、たどれば地図の色分けに戻ってくる。
| 産地・石 | 特徴 |
|---|---|
| 瀬戸・愛知の陶石 | 長石・石英・カオリン(陶磁器の原料) |
| 三河高地(花崗岩) | 建材・石材として利用 |
| 矢作川流域 | 花崗岩・変成岩・砂岩礫 |
| 豊川流域 | 変成岩・花崗岩・砂岩・チャート礫 |
| 知多半島海岸 | 新生代堆積岩・貝化石産地 |
常滑の原料は、知多半島の地層から出る赤褐色の粘土だ。酸化鉄をたっぷり含み、それがそのまま焼き物の赤になる。赤い急須で飲むお茶は、少し鉄の味がする気がする。気のせいだ。
岡崎・額田の花崗岩は「岡崎花崗岩」と呼ばれ、岡崎石工品の原料になる石材だ。中粒で均質、灰色〜白っぽく、長持ちする。墓石や建材として日本中に出ていく。墓地で見かけるあの灰色の石のいくつかは、三河の山から来た。
木曽川は、長野・岐阜の花崗岩・変成岩の礫を、愛知の平野まで運んでくる。矢作川は三河の花崗岩の礫が多い。名古屋のまわりで河原に降りるなら、まずこの二本だ。
北東部の設楽(したら)は山の中だ。寒狭川などの渓流には、変成岩・砂岩・チャートの礫が転がる。愛知では、振草(ふりくさ)には行ったことがある。瀬戸と常滑だけで愛知を分かった気になると、この山側を見落とす。
岡崎には石材加工の工場がいまも多く、「岡崎石工」の腕は昔から知られる。山の花崗岩が切られ、磨かれ、文字を彫られて出ていく。河原で拾うのと同じ花崗岩が、ここでは何十年も人の名前を背負う。
瀬戸市の愛知県陶磁美術館には、瀬戸焼の名品と一緒に、原料のカオリン(瀬戸層群の白い粘土)も並ぶ。石好きなら、名品の器より、白い粘土の塊の前に長くいることになる。順番が逆なのは承知の上だ。
瀬戸の「窯垣(かまがき)の小径」では、江戸〜明治の窯道具(匣鉢や陶片)が石垣のように積まれる。使い終わった道具で塀を作る。捨てない町だ。
瀬戸市内にはカオリンの採掘跡がいくつも残り、白い粘土層が地表に出た場所を見られる。長石が風化してカオリンになり、白磁になる。その順番を頭に入れてから白い崖を見ると、家の茶碗を少し丁寧に洗いたくなる。

白い器と赤い器は、地面の答え合わせ
仕事柄、石を見る時間は長い。それでも、白い器の正体が数種類の鉱物だと知ったときは、食器棚がちょっとした標本棚に見えてきた。ここからは、その目で愛知の焼き物を見る。
食器棚の中に、鉱物がある
長石・石英・カオリン。磁器の原料は、どれも私がふだんさわる石の仲間だ。
花崗岩が、白い器に化ける
白い原料のもとをたどると、花崗岩に行き着く。花崗岩の長石が長い年月をかけて風化すると、カオリンという白い粘土鉱物になる。硬い岩が崩れて、白い器の材料になる。
花崗岩を割ると、長石の白が目に入る。あの白の先に、瀬戸の白磁がある。山の岩と食卓の器が、一本の線でつながる。河原でいちばんありふれた石が、いちばん出世した石かもしれない。
土の色の違いは、鉄の違い
瀬戸の白と常滑の赤を分けたのも、結局は鉄だった。数十キロ離れただけで、地層が変わり、器の色が変わる。
石を見るとき、私はまず色から中身を推し量る。緑なら銅、赤なら鉄。焼き物も同じで、赤い急須を見れば鉄の多い土だと見当がつく。もっとも、石のほうの見当はよく外れる。
よくある質問
Q. 「せともの」と「からつもの」はどう違う?
呼ぶ地域が違う。東日本では「せともの(瀬戸物)」、西日本では「からつもの(唐津物)」と呼ぶことが多く、どちらも焼き物全般を指す。唐津物の語源は、佐賀県唐津市の焼き物だ。
Q. 瀬戸の採掘跡(グランドキャニオン)は見学できる?
現役の採掘場は、ふだん公開されていない。品野(しなの)地区を中心に、陶土・珪砂の採掘跡の地形を見られる場所はある。瀬戸焼の歴史は、瀬戸蔵ミュージアム(瀬戸市)でまとめて見られる。
Q. 愛知の石をどう巡ればいい?
瀬戸でカオリンの採掘跡と白い器を見て、常滑で赤い土の器にさわり、矢作川で花崗岩の礫を拾う。花崗岩が白磁に化けるまでを、逆さまに一日でたどる順番だ。
石好き次郎から
瀬戸の粘土層は、東海湖という古い湖の底にたまったものだ。数百万年前、このあたりは湖だった。湖の底の泥が、いまは食卓にある。
次に愛知へ行くなら、河原の前に瀬戸の白い崖を見たい。石を拾いに行って、茶碗のことばかり考えて帰ってくる。それも悪くない旅だと思う。


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