西洋の宝石が来た港と、鎌倉幕府を守った石——神奈川の石が語る開国と武家の歴史

神奈川の石と地質——産地の歴史写真
石好き次郎
横浜の赤レンガ倉庫は、2号倉庫だけでレンガが318万個ある。100年以上前に積まれたレンガが、いまも建物を支える。観光客はレンガを見上げる。石好きは、足元を見る。

神奈川の石がおもしろいのは、宝石の物差しが上陸した港と、いまも石を作り続ける火山が、同じ県にあることだ。1859年、横浜港が開港し、西洋の宝石が日本に本格的に入り始めた。

江戸の日本で「宝石」といえば、磁器・象牙・珊瑚・べっ甲・水晶。ダイヤモンドやルビーのように「透明で硬い石がいちばん」という感覚は、横浜の港から入ってきた。石が来る前に、物差しが船で届いた。

もう一つの顔が箱根だ。数十万年前から活動を続ける火山だ。芦ノ湖は約3,100年前の噴火でできた。神奈川の山の一部は、まだ生きている火山の上にある。

西に丹沢の変成岩と花崗岩、真ん中に箱根・大山の火山岩、東に相模平野の砂と泥。変成岩と火山岩が隣り合う県は、関東では珍しい。東京から日帰りで、石の顔がこれだけ入れ替わる。

石の歴史を読んで、神奈川で石を拾ってみたくなったら相模川、酒匂川、箱根へ。神奈川で石を探す週末旅へ。行き先は、そちらにまとめてある。

目次

横浜港開港——「石の価値観の転換」が始まった港

1859年7月1日、横浜港が開港した。開港からまもなく、輸出の8割近くを生糸が占めた。入ってきたのは毛織物・綿織物・鉄砲・艦船が中心だった。宝石は、最初から主役だったわけではない。

石鹸、ビール、アイスクリーム、パン、牛鍋、ガス灯、写真。「横浜もののはじめ」と呼ばれる日本初が、この港から広がった。居留地には宝飾品の店が開かれ、ダイヤモンド・ルビー・エメラルドという言葉も文明開化に乗った。アイスクリームとダイヤが同じ港から来たと思うと、少し楽しい。

文明開化と石——西洋宝石の日本上陸

時代日本で「宝石」とされた石価値観の変化
江戸時代以前珊瑚・べっ甲・象牙・水晶・めのう・翡翠「自然素材の美しさ・希少性」が価値の基準
明治以降(横浜開港後)ダイヤモンド・ルビー・エメラルド・サファイア「透明度・輝き・硬度」というヨーロッパ的価値観が流入
現代両方が混在日本の伝統的宝石文化と西洋的宝石文化が共存

山手・元町には、いまも洋館や宝石店、アンティークの店が並ぶ。開港から165年あまり。外国の石が上がってくる玄関は、いまもこの港だ。

箱根——芦ノ湖はカルデラ湖だった

芦ノ湖は、約3,100年前の噴火で神山が崩れ、その土砂が谷をせき止めてできたカルデラの中の湖だ。縄文時代の晩期にあたる。湖畔の遊覧船は、噴火の後片付けの跡に浮かぶ。

箱根はいまも気象庁の活火山で、箱根ジオパークとして見どころが整えられている。大涌谷は噴気地帯で、地面に黄色い硫黄の結晶がつく。

仙石原のあたりには、安山岩の礫と、温泉で色の変わった石が転がる。ただし箱根は国立公園の中だ。ここの石は拾う石ではなく、見る石だと決めておく。

相模川と丹沢——神奈川の山と川の石

相模川は山梨の山中湖から出て、丹沢の脇を流れる。秦野・厚木のあたりでは、昔から川の石を拾う愛好家が多かったという。近場に良い川があると、人は勝手に集まる。

神奈川の地質は、関東でも指折りにややこしい。丹沢は南から来た海底火山が本州にぶつかってできた塊で、伊豆はフィリピン海プレートに乗って北上してきた火山島だ。神奈川の山は、半分くらい引っ越してきた。生まれのまるで違う石が、一つの県に集まる。

丹沢は、もとは新生代の海底火山の岩だ。それがプレートの衝突で本州にくっつき、押されて変成した。中津川や相模川上流の礫に緑色岩が混じるのは、その名残だ。緑の石は、南の海の出身だと思っていい。

拾うなら相模川だ。セラドン石は火山の岩が変質してできる緑の鉱物で、丹沢から流れてくる。緑っぽい石を見つけたら、川の水で濡らして色を見る。乾いた河原では、緑はたいてい灰色のふりをする。

丹沢の沢を上ると、変成の度合いが少しずつ上がる。一本の沢で、焼かれ方の弱い石から強い石まで順に追える。石ばかり見ていると、沢を一本上るのに日が暮れる。

酒匂川の河原には、箱根の安山岩・溶結凝灰岩と、丹沢の変成岩・花崗岩が一緒に転がる。火を吹いた山の石と、押しつぶされた山の石。一つの河原で、二つの山の身の上話が聞ける。

鎌倉の石——「切石」の建築文化

鎌倉の建長寺・円覚寺・鶴岡八幡宮には、三浦半島から続く軟らかい凝灰岩、「鎌倉石」が多く使われた。やぐら(横穴墓)、五輪塔、石碑。軟らかくて削りやすい。鎌倉の山肌は、中世の人が石を削った跡だらけだ。

湘南・大磯・城ヶ島——浜と街の石を歩く

湘南の浜には、相模川と酒匂川が運んだ砂岩・変成岩・安山岩・石英が並ぶ。みんなが海を見ている浜で、下ばかり見ている人間が一人いても、波は気にしない。

大磯の礫浜には、丹沢や箱根の石が、川と波に運ばれて集まる。神奈川の川が運んだ石の、ほぼ全員集合だ。拾う楽しさなら、県内でここがいちばんだと思う。歩き方は大磯・照ヶ崎のメノウ探しに書いた。

箱根の安山岩は、昔から石材にも使われた。神社の石段、旅館の石垣。火山が吐いた石を、人が積み直して暮らしに使う。湯に入る前に、宿の石垣を一度なでたくなる。

江の島は砂岩とシルト岩の島だ。岩屋は、波が砂岩を削ってできた海食洞。削る仕事は、いまも休みなく続く。

産地・石特徴
箱根・大涌谷硫黄結晶・変質安山岩(活火山産物)
丹沢山地変成岩・トーナル岩(花崗岩の仲間)
相模川流域多様な礫(変成岩・花崗岩・安山岩)
三浦半島中新世堆積岩・化石(貝化石など)
湘南海岸浜辺の砂岩・変成岩礫・石英礫

冒頭の赤レンガ倉庫にも、石の話はある。レンガも、もとをたどれば土で、土も、もとをたどれば石だ。

金沢区の野島公園の海岸には、第四紀の砂礫層と泥炭層が出る。海がいまより内側まで入りこんだ「縄文海進」のころの、海岸線の跡だ。泥炭は地味だ。地味な層ほど、昔のことをよく覚えている。

鶴見川の河原には、多摩丘陵から来た砂岩・チャート・変成岩の礫が転がる。横浜の街なかを流れる川でも、石はちゃんと山の話をする。

秦野盆地は、丹沢の南のふもとに、花崗岩や変成岩が崩れた砂礫がたまった盆地だ。名水百選の秦野の湧き水は、丹沢の石をくぐってきた水だ。石は飲めない。石をくぐった水なら飲める。

逗子・葉山の浜には、三浦半島の砂岩・泥岩の礫が寄る。崖は波に削られ続けるので、断面は少しずつ入れ替わる。同じ浜でも、去年と同じ顔とは限らない。

三浦半島の海岸の崖は、三浦層群という砂岩・泥岩・凝灰岩でできている。新第三紀、約1,500万〜300万年前の海の底だ。葉山・逗子・鎌倉の浜には、崖からはがれた石が転がり、貝化石の産地としても知られる。

崖の下は、崩れる。化石に夢中になるほど、人は上を見なくなる。季節と時間帯を選び、崖の真下に長居しない。化石は逃げない。崖のほうは、ときどき落ちてくる。

城ヶ島の海食崖には、鮮新世の砂岩・泥岩が縞になって出る。間に白く薄い凝灰岩の層が何枚も挟まる。一枚一枚が、どこかの火山の灰だ。縞を数えていると、噴火を数えている気分になる。

小田原城の石垣には、地元の安山岩などが使われた。北条氏の城を、箱根の火山が足元から支えた格好だ。

石好き次郎
箱根の石は、いまも作られ続ける。強酸性の温泉が安山岩を溶かし、硫黄が析出する。土産物屋の並ぶ通りのすぐ先で、地球が化学の実験をやめない。

宝石の物差しは、横浜で荷揚げされた

仕事柄、海外のミネラルショーへ買い付けに行ったこともある。海を越えて石が入ってくる流れをさかのぼると、横浜港に行き着く。ダイヤやルビーが、初めて本格的に日本に上がった港だ。

日本の「宝石」が塗り替えられた港

透明で硬く、カットで光る石が最上。いま当たり前のこの物差しは、ここで荷揚げされた。

石の値札を仕事で長く眺めてきた身には、この転換の大きさがよく分かる。何を美しいと思い、何に高い値をつけるか。その物差しごと、一つの港が書き換えた。水晶とべっ甲の時代の目も、少しは持っていたい。

今も生きて、石を作り続ける山

大涌谷の地面には、黄色い硫黄の結晶がつく。大昔にできた石ではなく、いま火山が作りかけの石だ。河原で会うのは、たいてい完成品ばかり。生まれたての石を見ると、いつも少し得をした気分になる。

芦ノ湖のきれいな景色の下に、噴火の跡が寝ている。神奈川の石は、博物館のガラスの中で終わらない。いまも動いて、変わり続ける。

隣の県なのに、引き出しが多すぎる

相模川や酒匂川の河原に立つと、丹沢の変成岩と箱根の火山岩が、同じ石ころの群れに混ざる。拾い比べれば、県の地質図が手のひらに乗る。紙の地質図より重いのが難点だ。

活火山、変成岩の山、化石の崖、そして宝石の港。性格のまるで違う石の顔が、都心から日帰りの範囲にそろう。多摩川をホームにしている身としては、隣の県がこれだと少し悔しい。

よくある質問

Q. 箱根ジオパークはどこで楽しめる?
箱根全体が対象だ。大涌谷の噴気と硫黄の結晶、芦ノ湖のカルデラ湖、仙石原の湿原と草原、早雲山のロープウェイから見る火山の地形。地質の案内は、芦ノ湖畔の箱根ビジターセンターで手に入る。

Q. 子供と神奈川で石を楽しめる?
楽しめる。大涌谷の硫黄の黄色や、三浦の貝化石は、子どもの目にもはっきり分かる。「この石、いまできてるんだよ」と言うと、言った大人のほうが先に感心したりする。

石好き次郎から

西洋の宝石を迎えた港の足元に、宝石は一つも敷かれていない。積まれたのは、地味な石とレンガだ。そこが、なんだか好きだ。

宝石の港より、正直に言えば相模川の河原のほうが気になる。宝石は買えば手に入る。丹沢の緑は、自分で濡らしてみないと出てこない。

石好き次郎
鎌倉の切通しは、幅2メートルもない。両側が凝灰岩の崖だ。柔らかい石だから掘れた。鎌倉幕府が守られたのは、石が柔らかかったからだ。
石好き次郎のおすすめ
石好き次郎のおすすめ
丹沢の緑を濡らしに行くなら、相模川の高田橋だ。相模川で緑の石を探すで、セラドン石の見分け方から河原の決まりまで追える。

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この記事を書いた人

石好き次郎
石を拾って20年、仕入れて売る仕事もしてきた。実際に見て、触って、確かめたことだけを書く。

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