3億5000万年前の熱帯の海が山口にある——秋吉台の石灰岩と秋芳洞の鍾乳石

山口の石と地質——産地の歴史写真
石好き次郎
地図で見れば、本州の西の端。石で見れば、秋吉台は赤道の生まれだ。履歴書の出身地欄が、ここまで当てにならない台地も珍しい。

山口の石でいちばんおもしろいのは、3億5千万年前に赤道近くの海にあったサンゴ礁が、いま山の上にあることだ。秋吉台(あきよしだい)。草原の下は、昔の南の海だ。

なぜ山の上にカルスト台地があるのか。答えはプレート運動だ。3億5千万年前、赤道付近のパンサラッサ(古太平洋)の海底火山の頂上にサンゴ礁ができた。サンゴが死に、骨格が積み重なって石灰岩の層になる。その厚みが500m〜1,000m。

それがプレートに乗って北西へ動き、約2億6千万年前にユーラシア大陸の縁で地下に潜り込んだ。地殻変動で押し上げられて約2億3千万年前に地表に出て、あとは雨が溶かし続けた。いまの秋吉台は、雨が彫った彫刻だ。

3億5千万年。数字が大きすぎて、聞くたびに一度、計算をあきらめる。

山口の地面は、秋吉帯(石灰岩・チャート)、三郡変成帯(変成岩)、山口型花崗岩、萩周辺の安山岩と、顔が多い。日本海と瀬戸内海にはさまれた細長い県に、時代の違う石が詰め込まれる。

フズリナは、米粒ほどの古生代の有孔虫だ。その殻が、3億年後に山口の大地になった。米粒が山を作る。石灰岩の話は、だいたい桁がおかしい。

カルストロード沿いでは、石灰岩の露頭やドリーネなどのカルスト地形が、車の窓からでも見られる。ハンドルを握る人には、少し酷な道だ。

山口で石を拾いに行くなら、行き先は山口で石を探す|掘れるのは月に一度、でも「石が天然記念物」の県だったにまとめた。ここでは、石が残した山口の歴史をたどる。

目次

石灰岩とカルスト地形の仕組み

炭酸カルシウムが水に溶ける——カルスト形成のメカニズム

石灰岩は炭酸カルシウム(CaCO₃)が主成分で、水に溶けやすい。雨水は空気中のCO₂を吸って弱酸性になり、土の中でさらにCO₂を取り込んで、石灰岩を少しずつ溶かす。その積み重ねがカルスト地形だ。

ドリーネは、雨が溶かしてできた丸いくぼ地だ。秋吉台の草原には、数えきれないほど散らばる。上から見ると、草原にあばたが散ったように見える。

秋芳洞の「百枚皿」は、炭酸カルシウムが水の流れに沿って沈んでできた石灰華の棚田だ。溶けた石が、また石になる。その途中の姿だ。

カルスト地形の名称成因秋吉台での見どころ
ドリーネ地表の石灰岩が溶けて地面がすり鉢状に陥没台地上に無数に点在。落ちると上がれないので要注意
ウバーレ複数のドリーネが成長してつながった窪地大規模な凹地として観察できる
ポリエウバーレがさらに巨大化した低地・盆地嘉万ポリエが有名
鍾乳洞地下水が石灰岩を溶かしながら流れて形成した洞窟秋芳洞を筆頭に450以上の洞窟が地下に

秋吉台の化石——3億年前の生き物を石の中に見る

秋吉台の石灰岩には、古生代(石炭紀〜ペルム紀:3億6千万〜2億5千万年前)の海の生き物の化石がたくさん入る。フズリナ(紡錘虫)、ウミユリ、サンゴ、腕足類、三葉虫、石灰藻。どれも当時の暖かい浅い海にいた。

なかでもフズリナは、石炭紀〜ペルム紀を見分ける指標化石で、秋吉台の石灰岩に多い。断面には楕円形の殻が見える。見るなら、断面の出た露頭か、博物館の薄片標本で。米粒の断面に、3億年がまるごと入る。

厚東川は秋吉台の南麓を流れ、石灰岩・チャート・花崗岩の礫が集まる。3億年前の海の堆積物が、ふつうの河原に転がる。台地では拾えない石灰岩に、川でなら会える。拾えない石の親戚を拾う。それで手を打つ。

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秋芳洞の黄金柱は、高さ15メートル。石灰岩が溶けた水が滴り、少しずつ積もった。100年で1センチとしても、15万年かかる計算だ。気の長い話だが、洞窟はまだ作業中だ。

秋芳洞——溶けた石が、また石になる

秋吉台の地下約100mに秋芳洞(あきよしどう)がある。総延長10.7kmの大鍾乳洞で、観光コースは約1km、所要約40〜60分。洞内は一年中17℃ほどで、夏は涼しく冬は暖かい。

見どころは「百枚皿(ひゃくまいざら)」(実際は500枚以上)と、高さ約15mの「黄金柱(こがねばしら)」だ。黄金柱は、岩壁を流れる地下水が何万年もかけて積んだ石灰華の柱。秋芳洞は30万年かけてできたとされる。百枚と名乗って500枚。控えめな名前のつけ方だ。

カレン(Karren)は、石灰岩の表面が雨で溝のように溶けた地形だ。秋吉台の白い岩肌に、無数の溝が刻まれる。雨が、彫刻刀の仕事をする。

ユネスコ世界ジオパーク認定

Mine秋吉台ジオパークは、2015年に日本ジオパーク、2026年4月にユネスコ世界ジオパークに認定された。地面の来歴で人が呼べる。いい時代になった。認定ジオガイドの案内ツアーもあり、石灰岩・化石・カルスト地形の見方を現地で教われる。

秋吉台科学博物館には、地質・古生物・カルスト地形の展示がある。フズリナも鍾乳石もここで見られる。台地を歩く前に寄ると、ただの白い岩に名前がつく。

よくある質問

Q. 秋吉台で石灰岩や化石を採集できる?
できない。秋吉台は国定公園で、特別天然記念物でもあるので、植物も岩石も化石も採れない。長登銅山跡も国の史跡なので拾わない。見る・触る・写真を撮るのはかまわない。化石を手元で見たいなら、美祢市化石館にフズリナやウミユリの標本がある。

Q. 秋吉台への行き方は?
JR新山口駅から防長バスで秋芳洞まで約40分(1時間に1本程度)。車なら中国自動車道・美祢ICから約20分、山口南ICから約30分。秋芳洞から秋吉台カルスト展望台へは循環バスもある。

石好き次郎
鍾乳洞の中では、水が石を溶かし、同じ水が石を作る。壊す係と作る係が、同じ一滴だ。

長登銅山——秋吉台の麓で1300年前から採掘された銅

秋吉台の東側、美祢市に長登銅山(ながのぼりどうざん)がある。奈良時代(8世紀)に見つかり、東大寺の大仏の鋳造にこの銅山の銅が使われた記録が残る。奈良の大仏の肌の一部は、山口の山から来た。

9世紀ごろいったん廃れ、江戸時代に再開発されて明治まで掘られた。黄銅鉱や孔雀石などの銅鉱石は「スカルン型銅鉱床」で、石灰岩とマグマが接した境目に銅が濃く集まった。石灰岩は、台地だけでなく銅山も生んだ。長登銅山文化交流館で、歴史と鉱石の標本が見られる。

別府弁天池——石灰岩が作るコバルトブルーの湧水

秋吉台のすぐ近く、美祢市秋芳町の別府弁天池(べふべんてんいけ)は、コバルトブルーの湧水池だ。石灰岩台地の地下水が湧き、底まで見通せる。青さは、澄んだ石灰岩の水が光を散乱・吸収する「ティンダル現象」によるものとされる。説明を読んでから池の縁に立っても、やっぱり言葉が出ない青だという。

古羅漢のピナクル(尖塔状の残丘)は、石灰岩が溶けながら残った岩の塔だ。溶け残りが、いちばん目立つ。秋吉台の景色の中で、ここだけ少し意地を張って立つ。

地質・石特徴
秋吉台石灰岩古生代石炭紀〜ペルム紀(2.6〜3.5億年前)の熱帯浅海堆積
フズリナ化石石灰岩中に含まれる紡錘形の古生代有孔虫化石
秋芳洞の鍾乳石炭酸カルシウムが水から沈殿・1年に0.1〜1mmほど伸びる
山口花崗岩風化して萩焼の粘土のもとになる・山口型花崗岩体
チャート(放散虫岩)石灰岩に随伴する古生代海洋堆積物

鍾乳石は1年に約0.1〜1mmしか伸びない。目の前の大きな鍾乳石は、数万年〜数十万年分だ。洞窟を40分歩くあいだ、鍾乳石はほぼ何も変わらない。こちらだけが年をとる。

阿武川の上流(萩市周辺)では、花崗岩・変成岩・チャートの礫が拾える。瀬戸内海沿岸には変成岩の礫もある。

萩焼は、大道土(だいどつち)などの地元の粘土を使う。花崗岩や火山岩が風化した土が、萩焼のやわらかい肌になる。山口で印象に残ったのは、錦帯橋と、白蛇神社の近くで見たマニアックな萩焼だ。土も、元をたどれば石だ。

石灰岩の正体は、ほとんどが方解石だ。硬さは3と柔らかく、割れると菱形の面が出る。塩酸をかけると泡が出るのが、いちばん簡単な見分け方。方解石の結晶をルーペでのぞくと、透明な菱形の面が光る。

秋吉台は春から夏は緑の草原で、白い石灰岩の露頭が点々と顔を出す。地形を見るなら冬〜早春。草が枯れると露頭がよく見え、ドリーネの形もつかみやすい。景色のいい季節と、石の見やすい季節が、ずれる。

石好き次郎から

石灰岩は、ほかの石と付き合い方が違う。花崗岩やチャートは割れて丸くなるが、石灰岩は溶ける。雨に溶け、洞窟になり、溶けた分がまた鍾乳石になる。一度では終わらない石だ。

台地で拾えないのは、正直少し悔しい。それでも石灰岩の一個を手のひらに乗せれば、南の海の切れ端を持ったことになる。

この白い岩は、パンサラッサという古い海の底から、何億年もかけてここまで来た。それに比べれば、東京郊外から山口までの遠出なんて誤差だ。

石好き次郎
秋吉台の石灰岩には、3億年前のサンゴが眠る。目には見えないが、確かにいる。いつか草原に立って、足元の白い岩に触れてみたい。
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台地で拾えない悔しさは、同じ美祢で晴らせる。山口で石を探すに、月に一度だけ化石を掘れる市の採集場が出てくる。

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この記事を書いた人

石好き次郎
石を拾って20年、仕入れて売る仕事もしてきた。実際に見て、触って、確かめたことだけを書く。

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