琵琶湖が400万年守った石——ゾウとワニの化石から田上山のトパーズまで、滋賀の石の物語

滋賀の石と地質——産地の歴史写真
石好き次郎
琵琶湖の湖底に、厚い泥の地層が積み重なる。世界に20ほどしかない古代湖のひとつだ。湖が、地球の日記をつけ続ける。

滋賀の石でいちばんおもしろいのは、湖そのものが石の記録帳だということだ。琵琶湖は約400万年前に生まれた、日本でいちばん古い部類の湖で、湖底には厚い堆積物が積もる。

ふつうの湖は、1万年もたたずに土砂で埋まる。琵琶湖は、断層が地盤を沈め続けたおかげで、埋まるより先に深くなった。世界に約20しかない古代湖の一つで、日本では琵琶湖だけ。地面が動き続けたから、湖が生き延びた。

そして湖のまわりの地層からは、ゾウとワニの化石が出る。400万年前の近畿は、熱帯の動物が歩く土地だった。

湖岸には、比良山地から下りてきた花崗岩の礫が転がる。400万年続く湖のほとりで、ついこのあいだ山から届いた石を拾う。時間の目盛りが、足元で一度狂う。

滋賀で石を拾いに行くなら、行き先は奈良・滋賀に宝石は眠る?ガーネットとトパーズを追うにまとめた。ここでは、石が残した滋賀の歴史をたどる。

目次

琵琶湖の歴史——400万年を地層で読む

琵琶湖は約400万年前、いまの三重県伊賀市のあたりで「大山田湖(おおやまだこ)」として生まれた。そこから断層の動きで北西へ少しずつ移り、約40万年前にいまの場所に落ち着いた。湖が引っ越す。400万年かけて。

まわりの山は、顔ぶれがばらばらだ。西の比良山地は花崗岩と変成岩、東の鈴鹿山脈は石灰岩と変成岩、伊吹山は石灰岩。いろんな山の削りかすが、全部この湖の底にたまる。

時代琵琶湖の状態地層・化石
約400万年前三重県伊賀盆地に誕生(大山田湖)ミエゾウ・ワニの化石産出。古代湖の記録開始
約300万〜80万年前日野〜甲賀地方まで大きく広がった時代アケボノゾウの化石産出
約40万年前〜現在現在の位置に定まる固有種が多様に進化(60種以上)

ゾウとワニが歩いた琵琶湖の岸辺

その記録の一部が、古琵琶湖層群(こびわこそうぐん)だ。湖の歴史を刻んだ地層から、哺乳類や爬虫類の化石が出る。

ミエゾウは340万〜430万年前の日本にいたゾウで、ツダンスキーゾウから進化した。琵琶湖のまわりの地層からは、臼歯、牙、上腕骨が見つかる。同じ地層からワニの化石も出て、ゾウとワニの足跡が並んで見つかった例もあるという。同じ泥の上を、両方が歩いた。

当時の近畿はいまよりずっと暖かく、ワニが暮らせる熱帯〜亜熱帯だった。いま雪の降る土地を、ワニが歩いていたことになる。

湖の西には比叡山がある。参道の石段は、地元の花崗岩と変成岩を組み合わせる。千年以上、参拝の人が踏み続けた石だ。すり減った角を見ると、石より人の足のほうがしつこい。

拾う側の話をすると、琵琶湖の西の比良山地は花崗岩と変成岩の山だ。比良川、天川、安曇川の河原には、花崗岩、変成岩、石英脈の礫が混ざる。白い石英の筋が入った石を見つけたら、山から湖へ向かう途中の石だ。

石好き次郎
田上山はトパーズの産地だ。ただし、いまは掘れない。国有林で、歩く山になった。産地は、石より先に人間の都合で閉じる。

滋賀の石——田上山と「捨てられたトパーズ」

大津市の田上山(たなかみやま)は、花崗岩の石材を切り出した山だ。ここに妙な話が伝わる。石工たちが、トパーズを「邪魔な石」として捨てていたという。花崗岩ペグマタイトに混じるトパーズは、石材としては役に立たない。宝石と分かったときには、もうたくさん失われていた。

田上山の花崗岩は、瀬田川を下って大阪や京都の方へ運ばれた。ペグマタイトの中からトパーズ、水晶、長石が出ることは、あとになって確かめられた。石材を切る手が、宝石の上を素通りしていたことになる。

滋賀は、花崗岩や安山岩の石燈籠の産地としても知られる。寺社の燈籠を見て回ると、石の種類がだんだん見分けられるようになる。そうなると、参拝より燈籠の方が長くなる。

古代湖の意義——固有種が生まれる「石の記録庫」

琵琶湖の固有種は60種以上。ビワコオオナマズ、ビワマス、鮒ずしになるゲンゴロウブナ。ほかの水域から切り離された環境が何十万年も続くと、生き物は独自に進化する。島と同じ理屈だ。

湖底のボーリングコア(地層の筒状のサンプル)を調べると、数百万年分の気温、雨の量、植生の移り変わり、地震の跡まで読める。泥が、気候の記録係をしている。

滋賀で石を拾うなら、湖岸と、比良山地から流れ込む川がいい。花崗岩の礫が主役だが、風化して長石が抜けた「まさ土」の中に、水晶などの小さな結晶が混ざることがある。小さな、と書いたら本当に小さい。拳ほどの結晶を夢見て行くと、湖の前で肩を落とすことになる。

湖のまわりの寄り道

ゾウとワニの化石は、草津市の滋賀県立琵琶湖博物館で見られる。ミエゾウ、アケボノゾウ、ワニ。湖の生い立ちを、地層・化石・固有種の三つから見せてくれる。湖岸を歩く前に寄ると、足元の石の年が数えやすくなる。

古代湖の先輩は、バイカル湖(ロシア・約3000万年)とタンガニーカ湖(アフリカ・約500〜1000万年)。琵琶湖はその次の古さと言われる。日本では飛び抜けた古株でも、世界に出れば三番手になる。

永源寺の渓谷は、愛知川が花崗岩を削ってできた谷だ。秋は紅葉と花崗岩の岩壁が重なる。紅葉を見に来た人の横で岩壁の方を見る人がいたら、だいたい同類だ。

地域・地質特徴
比良山地(西岸)花崗岩・変成岩・石英脈
鈴鹿山脈(東岸)石灰岩・チャート・変成岩
伊吹山石灰岩(古生代〜中生代海洋堆積物)
琵琶湖湖底400万年分の堆積物(地球史の記録)
湖南・甲賀花崗岩(湖南花崗岩・建材産地)

野洲川(やすがわ)の流域には、砂金の採取記録がある。鈴鹿山脈から、花崗岩や変成岩の地帯を流れ下る川だ。河原ではメノウや碧玉が見つかることもあるという。滋賀で皿を振るなら、まず名前の挙がる川だ。

琵琶湖の岸の石は「湖石(こせき)」と呼ばれ、庭石や鑑賞石にされてきた。波に磨かれた形と色が、近江の庭を支えた。川の石は流れが丸め、湖の石は波が丸める。丸め方の違いを、庭師は見分けてきたのだろう。

信楽(しがらき)焼は日本六古窯のひとつで、原料の陶土は地元で採れる花崗岩の風化物だ。花崗岩は、崩れても器になる。

宝にもゴミにもなる石

滋賀の石の話でいちばん唸るのは、田上山のトパーズだ。見抜けるかどうかで、同じ石が宝にもゴミにもなる。値段を決めるのは石ではなく、見る側の目だ。

価値を知らずに、捨てられた石

石工たちはトパーズを棄石場に積み上げた。宝石だと気づいたのは、たくさん失われたあとだった。河原で素通りされた石の中に何があったかは、いまも誰にも分からない。私が今日素通りした石も、たぶん例外ではない。

原石を前に「これは価値があるか」を見る場面は、石の売り買いの場ではしょっちゅうある。見落とせば、田上山の石工と同じことになる。目利きというのは、見落とさないための地味な技術だ。

湖の底では、今も石が書き足される

河原で拾う石は、とうに出来上がった石だ。琵琶湖の底では、泥や砂がいまも積もり、少しずつ未来の地層になる。石の記録が、現在進行形で書き足される。そんな場所は、ほかにちょっと思いつかない。

湖底の泥を掘れば、400万年分の気候や地震が層になって読める。ゾウとワニが同じ岸を歩いた時代の泥も、そのずっと下に眠る。

街から一時間の場所に、古代湖がある

大阪や京都から電車で一時間で、400万年分の記録を抱えた湖の岸に立てる。これほどの地質が、大都市のすぐ隣に、何の柵もなく水を張って置かれる。

遠い秘境ではない。暮らしのすぐ横に、とんでもない長さの時間が寝そべる。滋賀の人がそれを当たり前の景色にしているなら、少しうらやましい。

よくある質問

Q. 子供と滋賀で石を楽しめる?
楽しめる。博物館でゾウとワニの話を聞いてから湖岸を歩けば、拾った石が全部400万年前の何かに見えてくる。たいてい違うが、それでかまわない。

Q. 滋賀にはほかにどんな石の見どころがある?
伊吹山の石灰岩、竹生島の花崗岩、鈴鹿山脈の化石。湖を真ん中に、山にも島にも話がある。

石好き次郎から

琵琶湖の話を調べると、主役が次々に入れ替わる。ゾウ、ワニ、ナマズ、トパーズ、泥。それでも最後に残るのは湖だ。湖が古いのではない。地面が動き続けたから、古くいられた。

安土城の石垣には、石仏や墓石まで使われる。「転用石」という。信長が急いで城を建てたからだ。急ぐ人は、石を選ばない。

田上山は国有林なので、土石や鉱物の採取には手続きが要る。トパーズを捨てた山を、今度はトパーズを探さずに歩く。皮肉なようで、それがいちばん筋が通る。

石好き次郎
琵琶湖でいちばん古いのは湖で、いちばん新しいのは岸の石だ。比良山地から転がってきたばかりの花崗岩が、400万年の湖の横で平気な顔をする。
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田上山のトパーズは、宝石店の色とは別の顔をした無色の小さな結晶だ。苗木と並ぶ産地の話は、日本産トパーズはどこから来た?で。

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この記事を書いた人

石好き次郎
石を拾って20年、仕入れて売る仕事もしてきた。実際に見て、触って、確かめたことだけを書く。

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