
岐阜城の石垣は、城の建つ金華山の岩で積まれている。信長が「天下布武」を掲げた城の壁も、材料は足元の山だった。そして岐阜の石のおもしろさは、時間の幅にある。日本列島でも指折りに古い岩と、信長の石垣と、ニュートリノを待つ地下の穴が、一つの県にそろう。
飛騨地方から富山県南部に広がる飛騨変成岩(飛騨片麻岩)は、3億〜4億5千万年前、古生代の生まれと考えられる。
七宗町(ひちそうちょう)の飛騨川沿いでは、美濃帯の礫岩の中から、約20億年前の年代を示す片麻岩の礫が見つかった。約50年、「日本最古の石」と呼ばれた。2019年に島根県津和野町で約25億年前の岩石が確認され、記録は譲った。譲っても、20億年は20億年だ。
なぜ岐阜の山に、そんなに古い石があるのか。飛騨変成岩は、もとは中国大陸の一部だったと考えられる。約2,000〜1,500万年前に日本海が開き、列島が大陸から離れたとき、大陸の縁の岩盤がこちら側に残った。岐阜の山の中に、大陸の忘れ物がある。
この記事は読み物だ。岐阜で実際に拾ったり掘ったりするなら、岐阜は石の遊園地だった。蛍石・化石・宝石探しを巡るのほうが役に立つ。
飛騨変成岩とは——縞模様の古い岩石
片麻岩は、もとの岩が高い温度と圧力で焼き直された変成岩だ。黒雲母などの黒い鉱物と、石英・長石の白い鉱物が交互に縞になる。飛騨の変成岩は少なくとも2回焼き直された「複変成岩」で、3億〜4億5千万年前と2億4千万年前の跡を持つ。一度焼かれたくらいでは、飛騨では古株を名乗れない。
黒雲母・角閃石・長石・石英が縞に並ぶ。磨けば建材にもなる。縞のきれいな一個が河原に落ちていると、持ち上げて裏の縞まで確かめずにいられない。
飛騨川(益田川)の河原には、飛騨変成岩・石英岩・チャート・砂岩が混ざる。縞の黒、大理石の白、石英の透明。色の数でいえば、にぎやかな河原だ。
飛騨高山の古い町並みには、地元の変成岩を使った石積みや石段が残る。観光客が格子戸を見上げる横で、足元の石段ばかり見ていると、人の流れから一人だけ遅れる。
角閃岩は、角閃石が主役の黒〜暗い緑の変成岩で、飛騨川の礫にも混じる。重くて、黒く光る。見た目より重いので、持ち上げた瞬間に一度、声が出る。
| 飛騨変成岩の基本データ | 詳細 |
|---|---|
| 分布 | 岐阜県北部〜富山県南部・石川県・福井県・島根県隠岐 |
| 変成年代 | 3億〜4億5千万年前(古生代)と2億4千万年前の2段階 |
| 岩石の種類 | 片麻岩(主体)・花崗岩類・大理石など |
| 最古の記録 | 七宗町の礫岩中から約20億年前の片麻岩礫(日本最古クラス) |
| 成因(有力説) | 中国大陸(中朝地塊)東縁の基盤岩が日本海形成時に分離・残留 |
神岡鉱山——日本最大の鉛・亜鉛鉱山がスーパーカミオカンデになった
飛騨市神岡町の神岡鉱山は、明治から平成まで掘られた日本最大の鉛・亜鉛鉱山だ。方鉛鉱・閃亜鉛鉱・黄鉄鉱・黄銅鉱。熱水が運んだ金属が、飛騨の岩の割れ目にたまった。
1996年、その地下にスーパーカミオカンデが完成した。深さ1,000m。宇宙線をさえぎる岩盤に囲まれた空間に、5万トンの超純水をためた。採掘が終わったのは2001年。鉱山とニュートリノは、しばらく同じ山で同居した。
前身のカミオカンデの研究は2002年(小柴昌俊)、スーパーカミオカンデの研究は2015年(梶田隆章)のノーベル物理学賞につながった。鉛を掘った山から、ノーベル賞が二つ。石の掘り跡としては、たいへんな出世だ。
黒い片麻岩に、真っ白な石英の脈が走る。飛騨の河原でいちばん目に入るのは、この白黒の石だ。派手な鉱物ではない。でも、つい手が伸びる。
下呂温泉——飛騨の地熱が生む日本三名泉
下呂温泉は、有馬・草津と並ぶ日本三名泉のひとつだ。江戸の儒学者・林羅山が「天下三名泉」と呼んで広まった。飛騨変成岩や飛騨花崗岩の割れ目を通って上がる、pH9以上のアルカリ性の単純温泉だ。何億年分の石をくぐった湯に、こちらは小一時間つかって帰る。
飛騨の一部では、花崗岩の熱で石灰岩が変わったスカルンも出る。柘榴石(ガーネット)・灰鉄輝石・透輝石。地味な灰色の中に赤い粒が混じっていたら、ルーペの出番だ。
飛騨には、江戸から昭和にかけての鉱山跡がいくつもある。ただ、廃坑の周りは私有地や立入禁止の場所が多い。石の話ばかりのこの記事で、ここだけは固く書いておく。
上高地——焼岳が100年前に作った大正池
長野との県境の上高地では、1915年の焼岳の噴火で流れた溶岩と泥流が梓川をせき止め、大正池ができた。生まれて100年あまりの池だ。その北アルプスの土台の一部が、古い飛騨帯の岩。若い池の下に、大陸時代の石がある。
飛騨と美濃の河原へ
岐阜で石を拾うなら、木曽川と飛騨川だ。木曽川では、水晶やトルマリンを含む花崗岩・片麻岩・チャートが同じ砂利に混ざる。中津川の苗木地域は、トパーズの産地としても知られる。
飛騨川や神通川は、水が落ち着く秋がいい。梅雨と夏の増水で石が入れ替わり、水が引いた秋の河原に新しい顔ぶれが並ぶ。
高山市のまわりの川(宮川や飛騨川の支流)では、片麻岩・石英・ガーネットの礫が見つかる。赤い粒を一つ見つけると、その日の河原の歩き方が急に遅くなる。
中津川市の蛭川は、「日本三大ペグマタイト産地」のひとつに数えられる。花崗岩のペグマタイトから、トパーズ・ガーネット・水晶・電気石が出る。中津川市鉱物博物館で蛭川の標本を先に見ておくと、河原で何を探せばいいかが決まる。
名古屋から高山本線で高山・飛騨市へ、中央本線で中津川へ。電車でも回りやすい県だ。帰りの荷物が石で重くなることだけ、覚悟しておく。
白川郷のあたりの庄川にも、飛騨変成岩から来た礫が集まる。合掌造りを見に来た人の中に、河原へ降りていく人間が一人いても、たぶん誰も止めない。
飛騨の変成岩を手に取ると、「これが億年単位の石か」と思う。億という年数は、頭では分かっても体では分からない。手のひらの重さが、その数字を少しだけ本物にする。

20億年の石と、信長の石垣
岐阜の石は、ざっくり二つに分かれる。飛騨の山の古い石と、美濃の城の石だ。前者は大陸の縁から、後者は金華山から来た。
飛騨変成岩——日本最古級の石
飛騨の縞の石は、日本という土地ができる前からある。それが山道の脇に、普通の顔で出てくる。拾う側としては、ありがたいほど気取らない石だ。
石垣の石は、近所で決まる
信長が「天下布武」を掲げた岐阜城は、山の上に石垣を積んで力を見せた。どの石を、どれだけ集め、どう積むか。石垣は、財布と腕力の見せ物でもあった。
石垣の石は、近くで採れる岩で決まる。だから城の石を見れば、その土地の地質が分かる。岐阜城なら、答えは足元の金華山だ。
神岡鉱山が現代科学を支えた
岐阜の石の話は、戦国で終わらない。神岡鉱山で鉛と亜鉛を掘った地下が、素粒子を見るスーパーカミオカンデの舞台になった。信長が見たら、今度は何を掘るつもりかと首をかしげると思う。
よくある質問
Q. 飛騨片麻岩を見学できる場所は?
A. 飛騨片麻岩の露頭は、神岡町の周辺で見られる。七宗町の飛騨川沿い(上麻生)にあるのは別物で、美濃帯の礫岩に20億年前の片麻岩の礫が混じる(七宗町に「日本最古の石博物館」がある)。スーパーカミオカンデは年に数回の見学会があり、事前申込で坑道に入れる。
Q. 岐阜で鉱物採集はできる?
A. 中津川市(木曽川上流)は国内屈指の鉱物産地で、87種類以上の鉱物が出る。中津川市鉱物博物館の常設の体験はストーンハンティング(砂の中から小さな水晶を探す)で、石割体験はイベントの日だけだ。
石好き次郎から
岐阜城の石垣の石は、おもにチャートだ。運ぶ手間を省いた、合理的な選び方だ。天下を狙う人も、石は近所で済ませた。
チャートは、放散虫の殻が深い海の底に積もってできた。1,000年に1ミリという速さだ。硬くて、割れにくい。信長の野望より、だいぶ気が長い。
城の石も、鉱山の石も、蛭川の結晶も、もとは岐阜の山の中にいた。掘りに来る人が、時代ごとに変わっただけだ。


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