草津温泉の色は全部鉱物が決めている——群馬の石と火山、地球が今も石を作り続ける場所

群馬の石と地質——産地の歴史写真
石好き次郎
草津の湯畑は、pH2.1。岩を溶かす湯が、同じ口で新しい石を吐き出す。壊すのと作るのを、一つの湯が同時にやる。

群馬の石のおもしろさは、古さではなく新しさにある。草津では、石が今日も生まれる。お湯はpH2前後で、レモン汁(pH2〜3)とほぼ同じ酸っぱさだ。

草津温泉は「日本三名泉」の一つで、自然湧出量は毎分32,300L以上と日本最大。1円玉や鉄釘を浸けておくと、十日ほどで溶けてぼろぼろになると言われる。入ると肌がピリピリするのは、酸が古い角質を溶かすからだ。湯に入る人間も、少しだけ溶かされる。

この酸の出どころは、活火山の草津白根山から地下を通って湧く硫黄成分だ。下流は長く「死の川」だった。それを救ったのが、石灰石を年間2万トン使い続ける世界初の酸性河川中和工場。川の毒を、石で消している。

湯には硫酸・塩酸・硫化水素が溶けていて、まわりの安山岩や火山礫を相手に化学反応を起こし続ける。湯口のまわりでは岩が溶け、硫黄が出てきて、新しい変質岩ができる。生まれる、変わる、消える。その全部が、一か所で見える。

湯畑のまわりの石は、酸に触れて表面が黄白色に変わる。観光客には湯けむりの景色でも、石好きには、石をことこと煮込む鍋に見える。

石の歴史を読んで、群馬で石を拾ってみたくなったら群馬の川原で宝探し。神流川・吾妻川・烏川の石へ。行き先は、そちらにまとめてある。

目次

湯の花——硫黄が空気に触れて生まれる白い結晶

草津の名物みやげ「湯の花(ゆのはな)」は、湯畑の木の湯樋(ゆとい)につく白〜黄色の粉だ。年4回採られ、天然の入浴剤として売られる。正体は、湯の硫化水素が空気中の酸素と反応してできた単体の硫黄と、ほかの硫酸塩鉱物の混ざりもの。

花と呼ぶが、植物ではない。硫黄が主の鉱物だ。温泉が自分でこしらえた鉱物を、袋に詰めて売る。そう思うと、土産物屋の棚が少し鉱物標本の棚に見えてくる。

草津白根山の地質——湯釜と酸性温泉の科学

草津白根山は安山岩・デイサイト質の成層火山で、山頂の湯釜(火口湖)は日本一酸っぱい湖だ(pH0.9〜1.0)。まわりの変質岩や硫黄、火山灰は、活火山がいま書き足し中の日記みたいなものだ。

草津の湯では、石灰華(トラバーチン)はまずできない。炭酸カルシウムが湯から沈んでできる石だが、pH2の湯の中では、沈むより先に溶けてしまう。草津の湯から生まれるのは、硫黄や明礬石のほうだ。よその温泉の常識が、ここでは通じない。

「死の川」を石灰石で救う——世界初の中和事業

pH2の湯が吾妻川・湯川にそのまま流れ込むと、魚がすめず、コンクリートや鉄の橋も作れず、農業用水にも使えない。1964年まで、草津から流れる川は文字どおりの「死の川」だった。

草津の中和事業(世界初)詳細
開始年1964年(昭和39年)——世界初の酸性河川中和工場
中和材料石灰石粉(炭酸カルシウム:CaCO₃)——粒径75マイクロメートルに粉砕
年間使用量石灰石約2万トン(1日約55トン)
中和の仕組みCaCO₃(石灰)+ H₂SO₄(硫酸)→ CaSO₄(石膏)+ H₂O + CO₂
現在の状況24時間365日休まず稼働中。品木ダムに中和生成物が沈殿

中和そのものは理科で習う酸と塩基の反応だが、規模が違う。1日55トンの石粉を川に入れ続ける。できた石膏(CaSO₄)は品木ダムに沈み、2017年時点でダム容量の87%が沈殿物で埋まった。浚渫が今も課題だ。石灰石が川を救い、その残りがダムを埋める。石の話は、きれいには終わらない。

酸に強い石英(SiO₂)は残り、炭酸塩鉱物は溶ける。草津の石の表面では、その差が目で見える。教科書の一行が、ここでは石の肌にじかに書いてある。

温泉のまわりには、アルナイト(明礬石)などの明礬鉱物が出ることもある。白〜灰白色の結晶が、石の表面に育つ。鉱物が生まれる途中の姿で、草津でいちばん見応えがあるのはこれだと思う。

地質・石特徴
草津白根山の安山岩火山岩・多孔質・酸に侵食された表面
硫黄結晶(イオウ)黄色・低融点・温泉周辺に析出
明礬石(アルナイト)酸性の温泉のまわりに析出する白〜灰白色の鉱物
変質安山岩(白色化)酸性熱水で脱色・粘土化した変質岩
草津石(地元建材)耐酸性の安山岩を加工した地元産建材

浅間山——群馬の火山岩

浅間山(標高2,568m)は、群馬と長野の県境でいまも噴煙を上げる。安山岩質の成層火山で、1783年の「天明の大噴火」では嬬恋村の鎌原村が土石なだれに埋まり、多くの死者が出た。浅間の安山岩溶岩は、上信越高原の地質の骨組みでもある。

妙義山のぎざぎざは、古い火山の安山岩などが長い時間をかけて削られた結果だ。垂直の壁に、とがった岩峰。石の割れ方が、そのまま山の顔になった。

吹割の滝は、片品川が溶結凝灰岩の水平な節理を削ってできた。火山が平らに焼き固めた層を、川があとから切った。火と水の仕事が、一枚の景色に重なる。

下仁田は、石灰岩・結晶片岩・花崗岩が顔を出す「下仁田ジオパーク」の町だ。見ものは根なし山(クリッペ)。古い地層の塊が、まるで別の地層の上に置き忘れたように載る。教科書でしか見ない図が、そのまま野外にある。

利根川・吾妻川と火山の列——群馬で石を拾うなら

群馬で石を拾うなら、まず利根川・吾妻川の上流。火山岩(安山岩・玄武岩)、変成岩、砂岩がまざり、上流の地質を読む練習になる。みなかみ町の谷川岳の麓では、石英や変成岩の採集記録もある。渋川には行ったことがある。それだけで群馬の川を語るのは図々しいので、ここは記録の話にとどめる。

利根川上流の水上(みなかみ)は、花崗岩と変成岩の山だ。谷川岳のホルンフェルスや花崗岩、奥利根の河原の礫。酸っぱい湯の草津とは正反対で、こちらは澄んだ川の石の場所だ。同じ県で、湯の色も石の顔もここまで変わる。

川の名前で挙げるなら、神流川・吾妻川・烏川だ。神流川は三波川変成帯を流れるので、緑色片岩や結晶片岩が拾える。吾妻川は火山地帯を通るから、安山岩や軽石が中心。川を一本替えるだけで、袋の中身がまるで変わる。

神流川流域には、恐竜の足跡化石が残る露頭もある。約1億2千万年前の浅い海の底が、そのまま固まって斜面に出ている。片岩を探しに行く川で、恐竜とすれちがえる。

栃木との境に広がる足尾銅山の地帯は、群馬側にも鉱脈の延長がある。黄銅鉱や黄鉄鉱など、硫黄を抱えた鉱物が出ることで知られる。温泉が硫黄を吐く県で、山の中にも硫黄の仲間が眠る。

関東平野の北を、榛名山(カルデラ湖の榛名湖)、赤城山(成層火山)、妙義山(削られた火山岩の奇岩)が縁取る。群馬の地質の骨組みは、この火山の列だ。

湯畑は、地球の化学実験場みたいな場所だ。硫黄の匂いは火山ガスの産物で、白い湯の花は鉱物の結晶。色にも匂いにも、全部に地質の答えがある。観光のつもりで行っても、答え合わせばかりしたくなる町だと思う。

石好きとして群馬の「色」をどう見るか

群馬の石は、色で読める。草津の白や乳青、川底の独特の色。どれも、水に溶けた鉱物や火山の産物が決めた色だ。景色の色から、下に眠る石に当たりをつける。この県では、そういう遊びができる。

温泉の色は鉱物が決める

同じ温泉でも、溶けている鉱物が違えば色も変わる。草津の湯の色は、硫黄をはじめとする成分で決まる。湯の色は、地下の成分表をそのまま表に貼り出したようなものだ。

今も石が生まれる場所

群馬は浅間山と草津白根という火山を抱え、地下では今も熱と鉱物が動く。噴き出た溶岩は新しい火山岩になり、温泉は鉱物を沈め続ける。群馬の石は、できあがった品ではない。作りかけの品だ。

群馬では、火山と温泉と川の色が一本の線でつながる。地下のマグマが熱を送り、その熱が水に鉱物を溶かし、その水が地表に色を塗る。順番を逆にたどれば、湯の色からマグマまで戻れる。

草津の湯の花は、温泉の成分が沈んでできた鉱物の集まりで、主成分は硫黄、明礬石、石膏など。地球が数億年かけてやることを、温泉は数十日でやる。せっかちな石だ。

石好き次郎
硫黄の黄色は、その場で見るのがいちばんいいと思う。写真では、あの色はたぶん写らない。持ち帰れない石は、目に焼きつけて帰るしかない。

群馬・草津の石のFAQ

Q. 草津の「湯もみ」はなぜする?
A. 熱すぎるからだ。源泉は50〜95℃あり、水で薄めずに入れる温度まで、木の板でかき混ぜて湯を冷やす。「草津節」に合わせた湯もみは、今も熱の湯で見学・体験できる。薄めないので、強い酸も硫黄もそのまま残る。

Q. 中和工場は見学できる?
A. 事前申請で見学できる。国土交通省関東地方整備局が管理する現場で、品木ダム(中和生成物の沈殿場所)も見学できる。草津温泉街から車で約15分。湯の次に見るなら、ここだ。

Q. 子どもと楽しむには?
A. 温泉の色から入るのが手っ取り早い。「この色は、地下で溶けた石の色」と一言添えるだけで、湯けむりが理科の話になる。

石好き次郎から

中和でできた石膏(硫酸カルシウム)は、品木ダムの底に積もり続ける。人が作った鉱物の地層だ。何万年かあとに誰かが掘り当てたら、さぞ首をひねると思う。

石好き次郎
拾った石の年齢は、ふだん億で数える。草津では、それが日で済む。湯畑の前に立つと、石好きの時計の単位が狂う。
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温泉が石を作るのは、草津だけではない。別府の地獄の色がそのまま鉱物の色だという話は、大分の石は温泉が作ったで。

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この記事を書いた人

石好き次郎
石を拾って20年、仕入れて売る仕事もしてきた。実際に見て、触って、確かめたことだけを書く。

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