
「御影石」の御影は、神戸市東灘区の地名だ。六甲山の花崗岩を御影の浜から船で全国へ出したので、積み出した港の名前が、そのまま石の名前になった。
住吉川の上流で切り出した石が、御影浜から船で出ていった。墓石店でもホームセンターでも聞く「御影石」は、もとをたどれば全部ここに行き着く。
ところが1956年、六甲山が国立公園に入って、山では掘れなくなった。本御影石(ほんみかげいし)は、宅地造成や自然崩落で出たものしか手に入らない。30cm立方で15万円以上。名前を全国に配った石が、本家だけ手に入りにくい。
県全体では、六甲山地の花崗岩・変成岩、播磨平野の砂岩・泥岩、丹波高地のチャート・砂岩、北部の玄武岩・砂岩。関西で石を拾うなら、兵庫は手札の多い県だ。
六甲山は花崗岩の山だ。風化と侵食が速く、急な斜面ができ、その斜面から「六甲おろし」が吹き下ろす。石が地形を作り、地形が風を作り、風が球場の歌になった。
武庫川は丹波の山から流れ出し、六甲山地の東をかすめて海へ出る川で、河原に花崗岩の礫が集まる。御影石と同じ地質帯の石だ。墓石店に並ぶ石の親戚が、河原ではただで転がる。
石の歴史を読んで、兵庫で石を拾ってみたくなったら大阪・兵庫の川に宝石はある?ガーネットとサヌカイトを探すへ。行き先は、そちらにまとめてある。
花崗岩とは——白亜紀のマグマが地中で固まった石
深成岩と火山岩の違い——冷え方が結晶の大きさを決める
花崗岩(かこうがん)は、マグマが地中深くでゆっくり冷えて固まった深成岩だ。ゆっくりだから結晶が大きく育ち、石英(透明〜白)・長石(白〜ピンク)・黒雲母(黒)が肉眼で見分けられる。御影石のごま塩模様の正体は、これだ。
六甲山の花崗岩は、白亜紀の後期にできた。地中深くで固まったマグマが、その後の地殻変動で押し上げられた。風化すると「まさ土」(花崗岩が崩れてできた砂)になりやすく、急な斜面と合わさって土砂崩れが多い。その代わり、切り出しやすい岩盤が地表近くに出る。崩れやすさと掘りやすさは、同じ性質の裏表だ。
六甲の花崗岩は、白〜灰色の粒が細かいものから中くらいまで、よくそろう。そのそろい方が、御影石の評判を作った。
「本御影石」は、なぜ高いのか
| 石材名 | 産地 | 30cm立方の相場(2018年) |
|---|---|---|
| 本御影石(特級品) | 兵庫・神戸市六甲山系 | 15万円以上 |
| 庵治石(細目超特) | 香川・高松市庵治 | 12万円以上 |
| その他の国産花崗岩 | 各地 | 数千〜数万円 |
本御影石が高い理由は二つ。一つは質。硬くて光沢がよく、淡い桜色をおびる。職人が「彫った字がいつまでもきれいに残る」と言う石だ。もう一つは量。掘れないから、出回らない。いい石が、掘れない。値段の理由として、これほど分かりやすい話もない。
手に入るのは、工事で地中から出たものか、山の崩落で出たものだけ。だから本御影石の墓石は「幻の石」と呼ばれる。幻と言われると、墓石なのに少し欲しくなる。
名前の正体を言えば、「御影石」は花崗岩の商業名だ。どこで掘った花崗岩でも、御影石と呼ばれて売られる。本家の町名を、よその石も名乗るわけだ。

御影石が作った日本の建造物
六甲の御影石は、江戸から近代にかけて、大阪・京都の石橋や鳥居や灯籠に使われた。明治〜昭和には、神戸・芦屋・西宮の屋敷町の石垣にもなった。住吉川沿いの住宅街には、当時の石垣が今も残る。
全国区でいえば、茨城の稲田石のほうが東京の大きな建物で名が通る。六甲の御影石は、関西の近代建築の石だ。神戸東灘や芦屋の石垣の町並みは、今も人が住む建築遺産だ。
高砂市の竜山から出る「龍山石」は、古墳時代から石棺に使われてきた。古墳の棺の材料が、今も同じ山にある。千数百年、同じ山が同じ仕事を続ける。
御影と灘五郷——石が名水を生んだ
「御影」にはもう一つの顔がある。日本酒だ。灘五郷(西宮郷・今津郷・魚崎郷・御影郷・西郷)の一つが御影郷。灘の酒を支えたのが、「宮水(みやみず)」と呼ばれる地下水だ。
宮水はカリウムやリンを多く含む硬水で、酵母の発酵を進める。灘の酒が辛口の「男酒」と呼ばれる理由の一つとされる。石の成分が酒の味に出るなら、酒の席で石の話をしても許される気がする。
よくある質問
Q. 御影石と大理石の違いは?
御影石(花崗岩)はマグマが固まった火成岩で、硬く(硬度6〜7)、屋外や墓石に向く。大理石は石灰岩が熱で変わった岩で、酸に弱い。墓は御影、彫刻は大理石だ。
Q. 「本御影石」を今手に入れるには?
ふつうのルートでは難しい。工事で出たものを扱う、御影地区に数社残る専門の石材店に聞くのがいちばんだ。
六甲山の地質——なぜここだけ「本御影石」なのか
六甲の花崗岩が特別扱いされるのは、条件が重なったからだ。白亜紀の後期にでき、六甲・淡路の断層の動きで何度も持ち上げられた。上の風化したまさ土が削られ、質のいい岩盤が顔を出す。磨いたあとの光沢と持ちのよさは、そこから来る。
1995年の阪神・淡路大震災は、六甲・淡路島断層帯が動いた地震だった。地震が地形を作り、地形が石を出し、石が神戸と灘の産業を作った。ありがたい石の後ろには、怖い断層がいる。
町で見る、河原で拾う
| 場所・建造物 | 御影石の使われ方 |
|---|---|
| 住吉川沿い高級住宅地(神戸・東灘・芦屋) | 石垣・塀・外構。今も現役で残る「生きた御影石建築」 |
| 大阪・京都の石橋・鳥居・灯籠 | 江戸時代から明治にかけて全国の石造物に採用 |
| 旧神戸市内の近代建築 | 明治〜昭和の銀行・官公庁の基礎・外壁 |
六甲山の石切道には、今も御影石の大岩が転がり、昔の石切場の跡があちこちに残る。六甲山は国立公園の中なので、山の岩は見るだけにして、拾うなら下流の河原にする。
| 産地・石 | 特徴 |
|---|---|
| 六甲山地(御影石) | 日本最高品質の花崗岩・建材として全国に流通 |
| 武庫川流域 | 花崗岩礫(六甲側から来る、御影石の親戚) |
| 播磨・高砂(凝灰岩) | 龍山石(竜山石)・建材として利用 |
| 丹波高地 | 丹波帯のチャート・砂岩・泥岩 |
| 淡路島(花崗岩) | 六甲と同じ花崗岩が主体。北部に野島断層 |
大阪城の石垣、明治の神戸港の築港。六甲の花崗岩は、大きな仕事に呼ばれてきた。石切場は今の東灘区御影・深江・住吉のあたりに集まり、住宅街に石切道や水路の跡が残る。岩に残ったノミの跡を見れば、どう切ったかが説明より先に分かる。散歩が、そのまま産地めぐりになる。
加古川は丹波の粟鹿山から流れてくる。流域の山の大部分は、流紋岩質の溶結凝灰岩だ。兵庫の西で拾うなら、使い勝手のいい川だ。六甲の白い石とは、袋の中の色がまるで違う。
丹波篠山のあたりには古い堆積岩が広がり、白亜紀の篠山層群からは丹波竜(タンバティタニス)が出た。篠山川の河原では、砂岩・頁岩・チャートが拾える。恐竜は出ないものと思って行くのが、気持ちの上ではちょうどいい。
淡路島の北を、1995年の震源になった野島断層が走る。その露頭が「北淡震災記念公園」に残されている。石を拾う場所ではない。石が動いた現場を、見に行く場所だ。
兵庫で石と町のつながりが見やすいのは、東灘の古い町並みだ。石垣や縁石の、粗い霜降り模様と風化した灰色。それが六甲の花崗岩の顔だ。石垣ばかり見て歩く人は、たいてい石好きか、道に迷った人だ。
神戸の古い名建築には、本御影石が多く使われた。建物の石を見て歩くなら、旧居留地から三宮、元町の石造りの建物がまとまる。壁に顔を近づけるのは、少し勇気が要る。
知っておくと得なのは、輸入の花崗岩との差だ。市場には中国産やインド産の安い花崗岩が多い。同じ「御影石」の名札でも、中身まで同じとは限らない。
石好き次郎から
町の名前が、全国の墓石店の看板に載る言葉になった。妙な出世だ。
六甲の石切場は、今はほとんど閉じた。神戸の石切道と旧居留地には、行ったことがある。「御影」を地名より先に石の名前で覚えた人間には、神戸の地図が石材の見本帳に見える。地元の人には、たぶん通じない。


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