墓石になる原石はひと握り——世界一高価な花崗岩「庵治石」が香川の山から来る理由

墓石に使える原石は1%だけの写真
石好き次郎
河原の花崗岩はタダで拾える。庵治石は、同じ花崗岩なのに墓一基で車が買える値段になる。差は成分ではない。生まれた山と、捨てた量だ。

庵治石が高い理由は、ほぼ一つに尽きる。掘った原石のうち、墓石に使えるのは1%ほどと言われる。残りは規格外としてはじかれる。河原なら、99個を置いて帰っても誰も困らない。山を切り出して、その大半を捨てるのは、話が別だ。

値段を支える事情は、ほかに二つある。磨くと奥から浮かぶ「斑(ふ)」という光り方と、香川県の五剣山のまわりでしか採れないことだ。きれいで、少ない。最高級の細目で建てる墓は、1000万円を超えることもあるという。値段の理屈は、だいたいこれで足りる。

目次

庵治石とは何か——五剣山だけで採れる石

庵治石は、香川県高松市の牟礼町・庵治町にまたがる五剣山(標高375m)のまわりでしか採れない花崗岩だ。成分だけ見れば、ふつうの花崗岩と大差ない。違うのは、磨いた面に「斑が浮く」こと。化学式を並べても、この差は出てこない。

採石場(丁場)は、庵治町と牟礼町の町境に集まる。1991年の地質調査所の報告で、約60か所。同じ香川で採れても、ほかの場所の花崗岩は「庵治石」とは呼べない。中身より、生まれた場所で名前が決まる石だ。河原の石は、どこで拾っても石は石。ここは逆の世界だ。

「斑(ふ)が浮く」——首を傾けると出てくる霞

斑は、霞がかかったような光り方だ。角度を変えると、石の奥から霧のような模様がふっと浮いてくる。ほかの花崗岩では、まず見ない。首を傾けるたびに顔が変わるので、止まった写真一枚には収まりにくい。

なぜ浮くのか。地質調査所の報告では、斑は黒雲母と石英が不均一に散らばってできた、まだら模様だという。斑の部分は、黒い雲母だけでなく透明な石英も多い。透明な粒の多いところだけ光が奥まで入るので、そこが深く見えるのだろう。理屈が分かっても、首を傾けるたびに出る霞は、やっぱり不思議だ。

カサネという亀裂——99%が捨てられる理由

原石には「カサネ」と呼ばれる細い亀裂がある。掘った直後には見えず、切ったり磨いたりする途中で出てくることがある。カサネの入った石は、墓石にならない。99%がはじかれる理由はこれだ。磨き終わる寸前に線が出たら、と考えるだけで胃が痛い。

カサネがあるかどうかは、長年の目と勘で見る。叩いた音で確かめることもあるという。最後の検品係は、人の目と耳だ。この捨てる量が、そのまま出回る量の少なさになり、値段を下から支える。河原で石を叩く私とは、聞く音の値段が違う。

はじかれた石が、全部ゴミになるわけでもない。端材は庭石や石畳に回ることもある。墓石になれなかった石が、どこかの庭で人に踏まれる。それはそれで、悪くない余生だ。

庵治石の等級——細目・中目と「超特」から「並」まで

区分粒と見た目斑の出方値段の目安
細目(こまめ)黒雲母が小さく多い。磨くと青黒い細かな絣(かすり)模様いちばんよく浮くいちばん高い。墓で1000万円を超えることも
中目(ちゅうめ)細目と同じ斑があるが、むらが少ないあるが分かりにくい細目よりずっと安い
等級(超特〜並)同じ細目の中を、斑・色・傷で分ける上の等級ほど深い超特と並で2倍以上ちがう

等級は職人が目で決める。同じ細目でも、斑の出方や色、傷で「超特」から「並」まで分かれる。一つの原石の中に、上の等級と下の等級が同居することもある。同じ親から生まれて、出世が違う。石の世界にも、そういうことはある。

よく比べられるのは、茨城の稲田石や岡山の万成石だ。並べると、斑の深さで庵治石が抜けると言われる。とはいえ稲田石だって十分きれいだ。ここは好みと財布の相談になる。

石好き次郎
細目と中目の差は、ルーペより先に値札に出る。石の目が細かくなるほど、財布の目は粗くなる。

庵治石の歴史——大坂城の石垣から墓石へ

城の石として始まった

庵治の花崗岩が本格的に使われ始めたのは、信長・秀吉の時代とされる。1583年からの大坂城の築城に使われた形跡があり、1588年からの高松城では本格的に用いられた。墓石の印象が強いが、もとは城を支える側の石だった。

墓石の「製品第一号」と、和泉の石工

庶民が墓を建てるようになるのは、江戸時代の初めから。1643年、高松藩主の松平頼重が屋島の壇の浦に建てた佐藤継信の墓碑が、庵治石の「製品第一号」だろうと言われる。1814年には屋島の東照権現の造営に和泉(大阪南部)から石工が招かれ、それが石の町の土台になった。腕のいい職人が来ると、山の運命が変わる。

イサム・ノグチと庵治石

彫刻家イサム・ノグチ(1904〜1988)は晩年を香川県高松市で過ごし、庵治石を彫刻の素材に選んだ。牟礼町の「イサム・ノグチ庭園美術館」(要予約)で、実物の作品が見られる。墓地で見慣れた石が、彫刻家の手で、まるで別の顔になる。

庵治石の産地を訪ねる

牟礼・庵治の石材文化

牟礼町・庵治町には、石材加工の工場が集まる「石の町」がある。いまも約200の石工や石材店がここで仕事をする。道沿いに、仕上がった墓石が並ぶ。河原の石は水が磨く。ここでは人が磨く。

アクセスと見学

JR高徳線の屋島駅やことでん志度線の駅から、車で牟礼・庵治へ入る。工場見学を受けてくれる石材店もあるので、行く前に連絡しておく。イサム・ノグチ庭園美術館は公式サイトからの予約制で、開いている日も限られる。思い立って行くと、門の前で終わる。

よくある質問

Q. 庵治石の墓は、ほかの花崗岩と何が違う?

違うのは見た目と名前だ。年月がたっても斑が浮く顔と、「庵治石」という名前の重さ。墓としての役目は、ほかの花崗岩でも果たせる。そこにお金を払うかどうかは、家ごとの話だ。私が口を出すことではない。

Q. 庵治石は、いずれ採れなくなる?

いつかは尽きる。山は増えない。斑のよく浮く細目の原石ほど、先に減っていく。

ほかの石の値段の付き方は、天然石の価値と市場価格ガイドにまとめた。庵治石は、その中でもかなりの変わり者だ。

Q. 庵治石は、河原で拾える?

拾える河原の話は、私は知らない。産地は採石場の山で、勝手に入ってよい場所ではない。花崗岩を拾うなら、ふつうの川で十分だ。

香川のほかの川と浜は香川で石を拾える場所に並べてある。

石好き次郎から

「原石の1%ほどしか使えない」。この石の値段は、ほぼこの一文で説明がつく。大半を捨てる選び方を、400年あまり続けてきた産地だ。

庵治石を「墓石の石」としか見ていなかった時期がある。イサム・ノグチの彫刻を知って、見方が変わった。世界的な彫刻家が、この石で作るために香川に移り住んだ。石の値打ちを、値札より先に教えてくれたのは彫刻のほうだった。

斑は、地下のマグマのむらが残したものだという。均一でないことが、値打ちになる。河原の石も、むらのある石のほうが拾いたくなる。そこだけは、庵治石と話が合う。

石好き次郎
庵治石は、私には買えない。それでいい。買えない石は、見に行く石だ。
石好き次郎のおすすめ
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香川で、むらのある河原の石を拾うなら土器川だ。香川で石を探すに、親指からピンポン玉ほどの砂利の川が出てくる。

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この記事を書いた人

石好き次郎
石を拾って20年、仕入れて売る仕事もしてきた。実際に見て、触って、確かめたことだけを書く。

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