日本式双晶はなぜ「日本式」なのか——山梨・乙女鉱山が生んだハート型の水晶

「日本式」と呼ばれるのは、山梨の乙女鉱山の双晶がヨーロッパへ大量に渡り、ドイツの学者が「ほとんど日本産だから日本式」と名づけたからだ。水晶が二枚の板のようにハの字に開き、正面からはハートに、角度を変えると軍配に見える。日本の特産ではない。名前に残ったのは、産地ではなく出番の多さだ。

いまの日本で、拾いに行ける産地はほとんど無い。いちばん名高い乙女鉱山は閉じた。だから私も拾ったことはなく、博物館とミネラルショーで見ただけだ。それでも、見るたびに手に取りたくなる。名前の由来、形のでき方、どこで見られるかを書く。

項目内容
正式名日本式双晶(Japan law twin)
正体二つの水晶が約84度33分で接合した双晶
形ハート型・軍配型・V字型(ウサギの耳)。多くは薄い平板
別名夫婦水晶(めおとすいしょう)
名づけ1905年、独の鉱物学者ゴールドシュミット。山梨・乙女鉱山産がきっかけ
有名な産地山梨県・乙女鉱山/長崎県・奈留島(ともに現在は採集不可)
採集名の通った産地では、ほぼ不可。博物館・ミネラルショー・標本店で見られる
目次

日本式双晶とは——二つの水晶が約84度で組んだ形

水晶は、ふつう六角柱で伸びる。日本式双晶は、その水晶が二つ、決まった角度でくっついたものだ。二つの主軸(c軸)が約84度で交わり、平たい板が二枚、根元でつながって開く。厚みのある水晶を想像して見に行くと、薄さに肩すかしを食う。

開き方で呼び名が変わる。左右が同じくらいならハート型、片方が大きければ軍配型、細く鋭ければV字型。V字型は「ウサギの耳(Rabbit Ear)」とも呼ばれる。昔の日本では、二つ寄り添う姿から「夫婦水晶」と呼んだ。石に夫婦をあてる感覚は、嫌いじゃない。

形見え方別の呼び名
ハート型左右が同じくらいに開く—
軍配型片方が大きく開く—
V字型細く鋭く開くウサギの耳

「双晶」とは何か

双晶は、二つの結晶が勝手にくっついたものではない。決まった法則で、決まった向きにつながる。つながり方で日本式・ブラジル式・ドフィーネ式などに分かれ、日本式は主軸が傾いて交わる「傾軸式」の代表だ。だから、どの標本もほぼ同じ角度で開く。のんきな顔をして、几帳面な石だ。

なぜ「日本式」なのか——山梨の鉱山が名づけのきっかけ

名前の始まりは、明治から大正のころだ。乙女鉱山などで採れた大きな双晶が、標本としてヨーロッパへ大量に渡った。パリ万博の年には、日本の調査所の担当者が乙女阪産の双晶を行李いっぱいに持ち込み、現地の標本商に卸したという記録もある。行李いっぱい。今なら考えられない量だ。

1905年、ドイツの鉱物学者ゴールドシュミットが水晶の双晶の様式を整理した。主軸が傾いて交わるハート形について、彼は「この形の標本はほとんどが日本産だから、日本式と呼ぼう」と注釈した。日本にたくさんあったから、日本式。由来は拍子抜けするほど素朴だ。

石好き次郎
ショーのケースの前で、首を左右に振る人がいたら、たぶん日本式双晶を見ている。角度でハートになったり軍配になったりするから、頭が勝手に動く。本人に、その自覚はだいたい無い。

名前は「日本式」でも、日本の特産ではない

正直に書く。日本式双晶は、日本だけの石ではない。最初に報告されたのは1829年頃のフランス・ドフィーネで、いまはブラジル、ペルー、アメリカ、マダガスカルなど世界各地で出る。

では何が「日本式」なのか。この形の研究が日本産の標本で進み、世界に知られた、その記録だ。名前は、産地の独り占めではない。研究の足跡が名前に残った。それで十分だ。

乙女鉱山——世界に双晶を送り出した山

代表産地が、山梨県の乙女鉱山だ。花崗岩のペグマタイトの水晶を掘った鉱山で、大型の日本式双晶を多く出して世界に知られた。東京大学の総合研究博物館にも、ここで出た大きな双晶が収められている。

日本産の日本式双晶は年々少なくなり、標本の値も上がってきた。山から出る石ではなく、人の手から手へ渡る石になった。乙女鉱山と同じように閉じた産地は、もう拾えない宝の山でたどれる。

甲州の水晶が古くから知られ、やがて甲府の宝飾産業を生んだ長い歴史は、武田信玄の軍資金の話からたどれる。乙女鉱山の双晶も、その長い話の一場面だ。

石好き次郎
84度33分。分度器で測ったような数字だが、測ったのは人間で、決めたのは石のほうだ。

どうやって、この形が生まれるのか

双晶は、結晶が育つ途中でできる。成長の途中で原子の並びが別の向きに切り替わり、二つの結晶が決まった面で背中合わせにつながる。日本式では、その角度が約84度33分。産地が変わっても同じだ。山梨でもブラジルでも、石は同じ分度器を持ち歩く。

なぜ平たい板になりやすいかは、結晶が特定の方向へ伸びやすい条件が重なったため、と考えられている。細かな成因は、まだ研究の途中だ。分からないところが残るのも、この石の面白さだと思う。

いま、日本式双晶を見るには

日本式双晶は、河原で拾える石ではない。見る方法は二つある。

一つは博物館。大学や科学系の博物館で、乙女鉱山産の双晶が出ていることがある。もう一つはミネラルショー。日本産だけでなくブラジルやペルー産も並ぶ。手のひらに乗せたら、まず真横から見る。板の薄さと、根元のつなぎ目がよく分かる。それから正面に回すと、ハートが出る。

買うなら、産地表示を見る。同じ「日本式双晶」でも、日本産と海外産では希少性も値段も大きく違う。加工やリペアの有無も、まともな店なら書いてある。書いていなければ、聞けばいい。原石を買うときの注意は、「昇仙峡で水晶を買う前に知ること」にもまとめた。

石好き次郎から

名前ほど日本のものではない。それでも、この石は好きだ。山梨の小さな鉱山から出た水晶が、はるばるヨーロッパの学者の机に並び、その形に「日本式」という名が残った。日本の石が世界で一番だからではない。日本の石が、世界の見本になった。その事実の方が、私にはずっと面白い。

あの山の双晶は、拾う石から、眺める石になった。眺める石なら、眺め方くらいは自由でいい。ケースの前で首を傾けて、ハートが出る角度を探す。それで半日つぶれても、損をした気はしない。

石好き次郎
甲府の川を歩いていると、足元の砂利がただの砂利に見えなくなる日がある。この土地の水晶が、かつて世界の鉱物学に名前を残したと思うと、川岸を歩く足取りが少しだけ誇らしくなる。石は、拾えなくても効いてくる。

公式確認先

形と乙女鉱山産の特徴は東京大学総合研究博物館の解説、乙女鉱山と甲州の水晶の歴史は山梨県(山梨ジュエリーミュージアム)の資料をもとにした。展示や在庫は時期で変わる。変わっていたら、向こうが正しい。標本を買うときは、産地表示と加工の有無を店に聞けばいい。

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眺める石から拾う石に戻りたくなったら、甲府の河原へ下りる。山宮で水晶を探す一日は山宮の河原を歩いてみたで。

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この記事を書いた人

石好き次郎
石を拾って20年、仕入れて売る仕事もしてきた。実際に見て、触って、確かめたことだけを書く。

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