北海道・今金町で石を拾う——虎石、メノウ、大理石が流れる川

北海道今金町の川で石を探すイメージ

今金町で拾える石は、1種類ではない。地区によって、川底の石が変わる。虎石と呼ばれる碧玉が出る川もあれば、緑色の凝灰岩が出る川、大理石が出る川もある。北海道の石拾いというと歴舟川の砂金や島牧のメノウが知られるが、今金町は道南でもうひとつ、地味だが層の厚い産地だ。

目次

今金町へのアクセス

北海道瀬棚郡今金町。道南の内陸に位置し、後志利別川とその支流が町を貫く。函館方面・札幌方面いずれからも、車での移動が現実的だ。函館バスの路線バスも通っており、「今金」「花石」「美利河」など、地区ごとにバス停がある。ただし本数は多くないため、事前に時刻表を確認しておくといい。

この記事では、町公式が「拾える」と案内する石を、地区ごとに整理する。旧石器時代からの石の歴史も、今の川につながっている。

石好き次郎
北海道は広い。1日で今金町の全部の川を回ろうとすると、結局どこも中途半端になる。まず1地区に絞って、じっくり歩く方がいい。

町公式「きれいな石シリーズ」6種と、拾える地区

地区特徴
美利河・奥美利河地区碧玉(地元名:虎石)色調は黄・黒・青など多彩。庭石としても好まれる
花石地区(鉱山跡・私有地は立入不可)〜美利河地区メノウ花石地区の河川部分は採取可否を現地で要確認。美利河地区の川で転石として見られる
美利河地区緑色凝灰岩(地元名:ゼオライト)火山灰が固まった岩石。川底で見られる
美利河・奥種川地区結晶質石灰岩(大理石)石灰岩が地中のマグマの熱で変質したもの
白石地区(オチャラッペ川支流)安山岩溶岩が冷えて固まった火成岩
御影地区・種川地区(採取不可)花崗岩(御影石)庭石・墓石として古くから採掘。現在も採石場が稼働中で立入不可

町公式「きれいな石シリーズ」で紹介される石は、瑪瑙・緑色凝灰岩・碧玉・結晶質石灰岩(大理石)・花崗岩・安山岩の6種類。このうち花崗岩は御影地区・種川地区で今も採石場が稼働中のため、この記事では採集対象として案内しない。石そのものは実在するが、操業地には近づかないこと。

美利河・奥美利河の虎石

虎石は、正式には碧玉(ジャスパー)と呼ばれる玉髄の一種だ。今金町では地元の呼び名として「虎石」が定着している。美利河地区、さらに上流の奥美利河地区の川で拾える。色は黄色だけではなく、黒や青も出る。全国的な鉱物分類では「碧玉」、この土地では「虎石」——両方の名前を知っておくと、他の産地の情報とも照らし合わせやすい。

見分け方は、光を通さない不透明さと、磨いたような滑らかな質感が手がかりになる。同じ玉髄の仲間であるメノウと違い、縞模様よりも塊全体の色ムラで判断する。硬度は7前後で、爪はもちろん、鉄でも傷がつきにくい。

花石から美利河のメノウ——鉱山として掘られた時代

花石という地名は、メノウや玉髄が「花のように美しく」河原に転がっていたことに由来するという。明治10年代から昭和50年代まで、装飾品の材料として採掘されていた歴史がある。花石地域には加工場や商店が並び、薄くスライスしたメノウをコースターやループタイの留め具に仕立てる産業もあった。

ただし、当時採掘の舞台になった鉱山跡・私有地には、現在立ち入ることができない。石を探すなら、美利河地区の川で転石を拾う形になる。花石地区の河川部分についても、採取可否は現地の表示や町への確認が必要だ。かつて山を掘っていた場所と、今拾える場所は違う——この線引きを知っておく必要がある。

緑色凝灰岩とゼオライト、そして大理石

美利河地区の川底では、鮮やかな緑色の凝灰岩が見られる。近隣の長万部町国縫地区に、この岩石から浄化剤「ゼオライト」を取り出す工場があったため、地元ではゼオライトとも呼ばれる。

美利河地区・奥種川地区の川では、結晶質石灰岩、いわゆる大理石も採集できる。石灰岩が地中のマグマの熱で変質してできたものだ。

石好き次郎
虎石という名前を最初に聞いたとき、正直ピンとこなかった。実物を見て納得した。縞模様が、たしかに虎の毛並みに見える。

石と旧石器人——ピリカ遺跡とピリカ旧石器文化館

今から約2万年前、氷河期の環境の中で、今金町・美利河には旧石器時代の人々が暮らしていた。1978年、美利河ダムの建設工事に伴って発見されたのが「ピリカ遺跡」だ。広さ約20万㎡のうち約10万㎡が、1991年に国の史跡に指定された。これまでに20万点を超える石器が発見されている。

旧石器人は、頁岩・メノウ・黒曜石などを石器の材料にしていた。黒曜石は産地の分析から、遠方の石材が約300km運ばれてきた例も分かっている。今、川で石を探す私たちと同じように、彼らも石を選び、運び、加工していた。

ピリカ旧石器文化館

遺跡に隣接する文化館では、国の重要文化財に指定された石器の展示のほか、体験学習室での石器レプリカづくり(申込不要・100円・約20分)ができる。矢じりなど本物の石を割る「石器づくり講座」は、開催日が決まっており事前予約が必要だ。開館は9:30〜16:30、休館日は月曜日(祝日の場合は翌日)と12月1日〜3月31日の冬期。入館は無料だ。町を歩く前に、まずここで旧石器時代の石材と道具を見ておくと、川で拾う石の見え方が変わる。

もう一つの歴史——美利河の砂金

後志利別川の上流域には、延長10km以上にわたって砂金採掘の跡が残る。江戸時代前期、松前藩による採掘が起源とされ、美利河地区はその中心地だった。当時としては国内最大規模の産金地帯だったという。昭和30年代まで、砂金掘りで生計を立てる人がいたという記録も残る。

この土地の砂金は粒が非常に細かく、「ぬか金」と呼ばれてきた。1890年代(明治20年代後半)になると、砂金に代わってマンガン採掘が盛んになり、美利河地区だけで4か所のマンガン鉱山があった時期がある。金・砂金・マンガン・虎石・メノウ・大理石——この一帯は、時代ごとに掘るものを変えながら、ずっと人が入り続けてきた土地だ。

史跡区域の外では、有料の砂金掘り体験ができる(5月〜9月、要問い合わせ)。石だけでなく、砂金という選択肢もこの町にはある。日本全国の砂金体験にも、他の産地をまとめた。

採集時の注意点

町公式が「拾える」と案内していても、川全域を自由に立ち入っていいという意味ではない。私有地、農地、採石場、工事区間、橋の周辺は避ける。花崗岩の採石場(御影・種川地区)は現在も操業中で、立ち入らない。

北海道の川はヒグマの生息域と重なる。単独で沢に入らず、熊鈴やラジオなど音の出るものを持つ。増水時は近づかない。訪問直前には「ひぐまっぷ」など北海道の出没情報サイトで、今金町周辺の最新の目撃情報を確認しておきたい。駐車場・トイレが確認できない河川も多いため、事前にピリカ旧石器文化館へ問い合わせておくと安心だ。

石好き次郎
1日で全部の地区を回ろうとしないことだ。虎石の川、メノウの川、大理石の川——地区ごとに、丸一日かけてじっくり歩く方が、結局は多く拾える。

よくある質問

Q. どの地区から回るのがいいですか?
初めてなら、拠点になるピリカ旧石器文化館に近い美利河地区がいい。虎石・緑色凝灰岩・大理石と、複数の石を同じ地区で探せる。

Q. 駐車場やトイレはありますか?
ピリカ旧石器文化館には駐車場があるが、各河川ごとの設備は公式に確認できていない。事前に文化館へ問い合わせるのが確実だ。

Q. ヒグマが心配です。
北海道の沢はヒグマの生息域と重なる。単独行動を避け、熊鈴を携帯し、出没情報を事前に確認する。

Q. 砂金も一緒に探せますか?
史跡区域の外で、有料の砂金掘り体験がある(5月〜9月)。詳細はピリカ自然塾など、現地の窓口に確認するのが確実だ。

拾った石をどうするか

虎石も大理石も、まず水で洗って泥を落とす。虎石は磨くと縞模様がはっきり出るので、手磨きのコツと手順を参考に仕上げるといい。地区・採集日を記録しておくと、後で見返したときに「どの川の石か」が分かる。

拾った石の洗い方にも、鉄分や泥の落とし方を詳しくまとめた。

石好き次郎から

虎石も、メノウも、大理石も、元をたどれば同じ大地の中で生まれた。地区によって出る石が違うのは、その場所の地質がそれぞれ違う歴史を歩んできたからだ。

2万年前の旧石器人は、300km先から石材を運んできた。今の私たちは、車で数時間走れば、その石が眠る川に立てる。移動の手間は、当時とは比べ物にならないほど小さくなった。

美利河ダムの工事がなければ、ピリカ遺跡は今も土の下に眠ったままだったかもしれない。石を掘り当てるのは、いつも偶然と、ほんの少しの縁だ。

今金町は、水晶や翡翠のような派手な石が出る町ではない。それでも、地区の数だけ石の物語がある。虎石を1個拾うだけでも、その町の歴史の断片を持ち帰ることになる。

石好き次郎
虎石の縞模様を、家に帰ってからもう一度見た。川で見たときより、部屋の光の下の方が、虎らしく見えた。

公式確認先

採取可否・体験学習の内容・ヒグマ出没情報は変わることがある。訪問前に次の公式ページで最新情報を確認するのが確実だ。

最終公式確認:2026年7月30日

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