佐賀で石を探す|朝鮮半島まで運ばれた黒曜石の山と、世界初の鉱物

佐賀の風景(イメージ)

佐賀で石を探すなら、目当ては伊万里市の腰岳になる。九州随一の黒曜石の原産地で、ここの石は海を渡り、朝鮮半島の南部まで運ばれた。

佐賀にはもう一つ、世界で初めてこの県で見つかった鉱物がある。木村石だ。

では、拾えるのか。腰岳で黒曜石を拾うことを禁じた決まりは、見当たらない。ただ、山は遺跡でもある。拾っていい石と、置いていく石がある。

目次

腰岳——3万5千年前から使われた、九州随一の黒曜石の山

腰岳は標高487メートル。「松浦富士」「伊万里富士」とも呼ばれる。伊万里市も、はっきり「黒曜石の産地として有名な腰岳」と書く。地元が胸を張る石の山だ。

登山口は2つ。北側はトラピスチヌ修道院付近で伊万里駅から車で約30分、南側は大川内山経由で約35分。駐車場は南側登山口(越ノ峠付近)に約10台だ。

ここの黒曜石は、質がいい。漆黒で透明度が高く、斑晶をほとんど含まない。地元では「烏ん枕(からすんまくら)」と呼ぶこともある。カラスの枕にするには、少し硬すぎる気もする。

露頭は標高400〜420メートルあたりで、母岩は有田流紋岩類。できたのは、およそ260万〜280万年前だ。人が使い始めたのは3万5千年前だから、石のほうはずいぶん長く待っていた。

石が、朝鮮半島と沖縄まで行っている

この山の凄さは、射程の広さだ。縄文時代には、腰岳の黒曜石が九州だけでなく、琉球列島、本州・四国の南西部、朝鮮半島の南部まで、石器の材料として使われた(隅田・藤塚2022)。海を渡った石だ。

旧石器時代、2万5千年前には鹿児島や山口へ、1万5千年前には広島や韓国まで運ばれていたという。弥生時代に金属が出てくるまで、3万3千年間、道具の材料であり続けた。

三内丸山遺跡の縄文人は、黒曜石を北海道や秋田、山形、新潟、長野から取り寄せていた。青森が「輸入した側」なら、佐賀は「出ていった側」だ。

黒曜石そのものの話と、全国の産地は3万年前から使われてきた「黒いガラス」で読める。

拾っていいのか

伊万里市の腰岳のページは、登山と観光の案内だ。黒曜石の産地だと書きながら、採集には触れない。「拾っていい」とも「禁止」とも、公の文書は書いていない。市の指定史跡にも、腰岳の名は無い。

ただし腰岳は、佐賀県の遺跡地図に「腰岳遺跡群」(散布地)として載る。近くには鈴桶遺跡もある。

県の生活環境保全林でもある(41.6ヘクタール)。持ち主と管理者のはっきりした山だ。

腰岳黒曜石原産地研究グループの報告では、標高420メートル前後の露頭から200メートル付近まで、原石と遺跡が散らばる。斜面のどこに立っても、遺跡の上かもしれない。

決まりの話は、ここにまとめておく。地面から出た石器などの出土品は、持ち主が明らかな場合を除き、警察署長に届ける。七ツ釜やカイガラ石のような天然記念物、虹の松原のような特別名勝では石を採らない。玄海国定公園の特別地域では、石の採取に許可が要る。それ以外のふつうの河原や浜で手で数個拾うくらいなら、気にしすぎなくていい。

だから私ならこうする。自然の黒曜石の小石を、手で数個拾う。打ち欠いた痕のある石は、石器のかけらなので置いて帰る。登山道は外れない。気になるなら、伊万里市に電話を一本入れればいい。

石好き次郎
天然の黒曜石の礫と、人が打ち欠いた石器は、見た目が近いことがある。腰岳では両方が同じ斜面に混ざる。割れ口が平らで、縁に細かい剥離の痕が並んでいたら、道具の可能性が高い。迷ったら置いていく。それで足りると思う。

県の石は三つ——陶石、緑柱石、唐津炭田の化石群

日本地質学会が2016年に選んだ「県の石」で、佐賀は三つとも性格がまるで違う。

岩石は陶石(変質流紋岩溶岩)、産地は西松浦郡有田町泉山。日本で初めて磁器が作られた場所の石だ。

陶石が磁器を生んだ話と、泉山磁石場の400年は朝鮮人陶工が見つけた石がヨーロッパの磁器を変えたに書いた。ここでは繰り返さない。

鉱物は緑柱石、産地は佐賀市富士町杉山。昭和18年、「佐嘉鉱山」で石英を掘っていて見つかった。できたのは母岩の佐賀花崗岩と同じ、約9000万〜8000万年前だという。石英を掘りに行って、別の石を引き当てた。こういう話は好きだ。

化石は唐津炭田の古第三紀化石群。相知(おうち)層群と杵島層群から出る。ざっと4000万〜3000万年前の地層だ(佐賀県立博物館は約3400万〜2800万年前とする)。

佐賀の化石は、全部が新生代だ

佐賀県立博物館に、面白い一文がある。「佐賀県でとれた化石は60点ほどで、すべて新生代(6,600万年前〜現在)のものです」。

つまり佐賀に恐竜はいない。正確には、恐竜の時代の地層が表に出ていない。恐竜の出る三重とは、地面の条件がまるで違う。

恐竜の代わりに出るのが、アミノドンだ。サイ類に近い大型の哺乳類で、宇宙科学館の標本は、唐津市北波多の相知層群から出た、始新世後期のものになる。

コペプテリクスは「ペンギンモドキ」と呼ばれる飛べない海鳥で、杵島層群から出る。ほかに国内最大級というヨコヤマオウムガイ、骨質歯鳥、ウミガメ、サメの顎の骨、スナモグリのハサミ。

サイの仲間を除けば、海の生き物ばかりだ。4000万年前から3000万年前の佐賀県西部は、海だったということになる。

なお佐賀県立博物館の常設展示にはティラノサウルスの生態模型がある。1970年に国立科学博物館から寄贈されたもので、県内から出たわけではない。いちばん目立つ恐竜が、よその子だ。

木村石——世界で初めて、佐賀で見つかった鉱物

佐賀県立宇宙科学館の鉱物ギャラリーは、「木村石など世界で初めて佐賀県で発見された鉱物」を並べる。

佐賀県立博物館も、2025年のテーマ展「岩石のいろカタチ——佐賀の岩石・鉱物・化石」に、宇宙科学館所蔵の木村石を出した。

県の博物館と科学館が、そろって胸を張る鉱物だ。

中身のくわしい話は、展示の前で解説を読むのがいちばん早い。私はまだ、その前に立てていない。

宇宙科学館は「木村石など」と書く。佐賀生まれの新鉱物は、ほかにもいるらしい。名前を知るのは、行ったときの楽しみに取っておく。

石好き次郎
鉱物の名前には、地名が付くものと人名が付くものがある。岡山石や布賀石は地名だ。木村石は人の名前で、地球化学者の木村健二郎から来ている。人の名前を背負った石が、この県から世界に出た。ちょっといい話だと思う。

岩そのものが天然記念物——佐賀の5件

屋形石の七ツ釜(唐津市)——100年前の指定文が、柱の太さまで書いている

1925年(大正14年)10月8日、国の天然記念物になった。唐津市屋形石の海岸だ。

指定文の原文が面白い。「南北ニ走ル海岸ニ沿フテ柱状節理并ニ板状節理ヲ呈スル玄武岩ノ海蝕洞七個アルヲ以テ此ノ名アリ」。中央の釜がいちばん大きく、最も南のものは貫通して石門になる。

さらにこう続く。「柱状節理ハ上半ト下半ト其ノ趣ヲ異ニシ上半ハ小ニシテ横徑五寸内外、下半ハ大ニシテ横徑一尺内外ニ達ス」。

上半分の柱は横径が五寸(約15センチ)前後、下半分は一尺(約30センチ)前後。柱の太さは冷える速さで決まるので、上と下で冷え方が違ったということだ。100年前の指定文が、そこまで見て書いている。こっちは柱を数えるだけで満足しそうだ。

石は持ち帰れないが、佐賀県立宇宙科学館に七ツ釜の柱状節理を再現した展示がある。マグマが冷えて縮むときに割れる。それが柱の正体だ、という説明付きだ。

八藤丘陵の阿蘇4火砕流堆積物及び埋没林(上峰町)

上峰町にある、2004年指定の国の天然記念物だ。

見つかり方が劇的だ。「平成5年2月2日、水田の基盤を作るため地面を約3mほど掘り下げたところ、多数の埋没樹木群と樹齢700年から800年と推定される長さ22m、直径1.5mもの巨木が発見された」。

この巨木を倒したのが、阿蘇の噴火だ。約9万年前の大噴火で、火砕流になぎ倒された。八藤丘陵から出た巨木は宇宙科学館にも展示があり、焼けこげた樹皮から噴火の規模が分かるという。

相浦の球状閃緑岩(多久市)——地元では「カイガラ石」

多久市北多久町の飯盛山にある、1971年指定の県の天然記念物だ。

球状閃緑岩は、深成岩の変わり種だ。白と黒の同心円の縞を持った玉が、岩の中に埋まる。

呼び名が二重に面白い。多久市北多久町の大工田・相浦地区では「カイガラ石」と呼ばれ、ヨーロッパでは「ナポレオン石」と呼ばれている。

石好きなら、まず欲しくなる石だ。現地では採れないので、佐賀県立博物館の常設展示で会う。

弁天島の呼子岩脈群と、湊の立神岩(唐津市)

弁天島の呼子岩脈群は平成14年(2002年)3月6日の県指定。弁天島は「北の男島、南の女島の2島からなる」。

成因は明快だ。古第三紀の佐世保層群という堆積岩に、玄武岩類のマグマが割り込んで固まった。柔らかい堆積岩が削られ、硬い岩脈が残った形になる。

湊の立神岩は、昭和51年3月1日に唐津市の天然記念物になった。どちらも、海から眺めて楽しむ岩だ。

虹の松原と、有明海の泥

唐津の虹の松原は国の特別名勝で、指定は昭和30年3月24日。

17世紀初め、唐津藩の初代藩主・寺沢広高が新田を守るために植えたのが始まりだという。いまは防風・防砂・防潮の林で、三保の松原・天橋立と並ぶ日本三大松原の一つだ。

ここは、砂も石も持ち帰る場所ではない。松の下を歩いて、玄界灘を眺めて帰る浜だ。

有明海の干潟と河口は、泥の世界だ

佐賀は北に玄界灘、南に有明海を持つ。だが有明海側の干潟と、嘉瀬川・六角川の下流は、泥の世界だ。

嘉瀬川の下流には「有明粘土層」と呼ばれる泥が厚くたまり、六角川の下流は潮に運ばれたガタ(泥)の地層だ(国交省)。

つまり泥だ。

石を探すなら、玄界灘側か、川の中流から上流へ行くことになる。

川で石を見るなら——上流に何があるか

佐賀の川は、上流の地質がはっきりしている。「この川でこれが拾える」とまでは言えないが、上流に何があるか分かれば見当はつく。

松浦川は、本流も支流の徳須恵川も、上流のほとんどが古第三紀層だ。砂岩と頁岩が主で、たまに凝灰岩や礫岩が混じる。一方、下流側の山と厳木川の流域は、中生代の東松浦花崗岩がほとんどを占める。

上流が堆積岩で、下流側の山が花崗岩だ。

嘉瀬川は、上流のほとんどが中生代の風化した花崗岩類で、土砂がたくさん流れてくる。中流は砂がちの堆積物、下流は有明粘土層だ。

六角川は、源流付近が多良山系に続く玄武岩などの火山岩、低い山は安山岩を主とする火山岩類。支川の牛津川の上流は、脊振・天山山系のもろい中生代の花崗閃緑岩だ。

県全体の骨格は分かりやすい。脊振山や天山は花崗岩が中心で、西は玄武岩の上場台地と、安山岩の多良山系だ。

牛津川上流の花崗閃緑岩は、多久市の「カイガラ石」と同じ天山山系だ。県指定の球状閃緑岩は天山の南斜面、標高100〜400メートル帯に分布する。拾えないが、どこの石なのかは分かる。

拾っていい石と、置いて帰る石の考え方は拾っていい石、置いて帰る石にまとめた。

玄界灘の海岸は、見て歩く海岸

玄界灘側には、唐津市・伊万里市・玄海町にまたがる玄海国定公園(昭和31年指定)がある。七ツ釜も呼子の岩脈も、こちら側だ。拾うより、見て歩く海岸だと思っておく。

石好き次郎
上流に何があるかを調べてから川へ行く。行けていない県でも、下調べだけならできる。佐賀は国交省の資料が川ごとに地質を書いてくれているので、行く前に読めるぶんだけ楽な県だと思う。

見に行く前に——料金とルール

場所見られるもの料金など石の持ち帰り
腰岳(伊万里市)九州随一の黒曜石原産地駐車約10台(南側登山口)△ 自然の小石を手で数個まで。石器は置いていく(県の遺跡地図に「腰岳遺跡群」。許可も禁止も公的記述なし。伊万里市 0955-23-2591)
佐賀県立宇宙科学館(武雄市)木村石・緑柱石・県の化石・七ツ釜の柱状節理の再現大人520円・高校生310円・小中学生200円/月曜休×(展示)
佐賀県立博物館(佐賀市)球状閃緑岩・陶石・唐津炭田の化石常設は無料/9:30-18:00/月曜休×(展示)
佐賀県立九州陶磁文化館(有田町)陶石(県の石)常設展は無料/9:00-17:00/月曜休×(展示)
有田町歴史民俗資料館 東館泉山磁石場の目の前・製造道具大人120円・高校生以下無料/9:00-16:30×(展示)
多久市郷土資料館ほか(多久市)化石・考古資料+炭鉱関係無料/9:00-16:00/月曜休×(展示)
伊万里市歴史民俗資料館市内の歴史資料無料/10:00-17:00/月曜休×(展示)
泉山磁石場(有田町)400年掘られた陶石の山入場無料/採掘坑内部は立入禁止/11月に一部公開の年あり×(国史跡・肥前磁器窯跡)
屋形石の七ツ釜(唐津市)玄武岩の海食洞7つと柱状節理—×(1925年 国天然記念物)
八藤丘陵(上峰町)阿蘇4火砕流の埋没林—×(2004年 国天然記念物)
相浦の球状閃緑岩(多久市 飯盛山)カイガラ石/ナポレオン石—×(1971年 県天然記念物)
弁天島の呼子岩脈群(唐津市呼子町)堆積岩を貫いた玄武岩の岩脈—×(2002年 県天然記念物)
湊の立神岩(唐津市)海食でできた岩柱—×(1976年 唐津市天然記念物)
虹の松原(唐津市)特別名勝の松原—×(国特別名勝+国有林210.47ha+国定公園)
東よか干潟・肥前鹿島干潟ラムサール条約湿地の干潟—×(国指定鳥獣保護区 特別保護地区/そもそも泥)

並べてみると、佐賀は名所で拾う県より、見に行く県だった。南は泥、名所は天然記念物。そのなかで腰岳だけは、自分の手で黒曜石に触れられる場所として残る。

佐賀の石探しでよくある質問

Q. 佐賀で化石は掘れる? A. 定期的な化石採集会や発掘体験は見当たらない。見るなら佐賀県立博物館だ。

Q. 持ち物は? A. 腰岳は山だ。足元と天気の準備は石拾いに行く前に、道具は石拾いが変わる道具たちを見ればいい。ほかの県は都道府県から探すから選べる。

石好き次郎から

佐賀には、まだ行ったことがない。行くとしたら、目当ては腰岳になる。黒い小石を一つ拾って、3万年前にこれを割った誰かのことを考えてみたい。

白黒のつけられない山だ。「調べた限り禁止ではないようです」の一行で済ませると、行く人は斜面で迷う。だから、拾う手と置いていく手の両方を書いた。

腰岳の斜面には、いまも石器の破片が落ちている。それを知ってから登るのと、知らずに登るのとでは、手を伸ばすかどうかが変わると思う。

九州の他の県は火山の島と南国の海岸へに、地方から選ぶ入口は石拾いマップにある。

石好き次郎
腰岳の石は、3万年以上ずっと「道具の材料」だった。きれいだから拾う、という付き合い方は、たぶん一番新しい。その新参者として、石器のかけらには手を出さないでおく。

公式確認先

料金や開いている日、道の具合は変わる。下は、書くときに開いた公式のページだ。

最終公式確認:2026年9月24日

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3万年前の人の目利きを、北の端で確かめるなら白滝だ。北海道の黒曜石と国宝の石器の話は、3万年前から、人は石の産地を知っていたで。
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この記事を書いた人

石好き次郎
石を拾って20年、仕入れて売る仕事もしてきた。実際に見て、触って、確かめたことだけを書く。

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