2020年1月:1カラット品質の**ラボグロウン(合成)ダイヤモンドの平均価格は3,410ドル**だった。
2024年12月:同じ品質のラボグロウン・ダイヤモンドは**892ドル**。
市場シェア——婚約指輪のセンター石52%がラボグロウン
日本市場での普及は欧米より遅れているが、2023〜2025年で急加速した。国内の大手ブライダルジュエリーブランドがラボグロウンラインを発表し、消費者の認知度が上がった。「なぜラボグロウンが安いのか」を正確に理解している日本人消費者は少なく、「安いから品質が低い」という誤解もある。正確な知識の普及が日本でのラボグロウン市場の発展を左右する。
2024年以降の市場では「ラボグロウンの値引き合戦」という新たなフェーズが始まった。大手宝石チェーンがラボグロウンを「セール品」として扱うようになり、消費者の「宝石はセールで買うもの」という認識が定着し始めている。この認識変化は天然ダイヤモンドにとっても無縁ではなく、「特別な石=高い石」という従来のイメージに影響を与える。
ラボグロウンの台頭は宝石店の店頭でも明確だ。米国の宝石専門チェーン(Kay Jewelers・Zales等)は2022〜2024年にラボグロウンの在庫比率を大幅に増やし、一部では天然ダイヤとほぼ同じ棚スペースを割り当てている。消費者が「見た目が同じで3分の1の価格」を実際に比べられる環境が整い、選択の転換が加速した。
Bain & CompanyのDiamond Industry Report(2024)によれば、2015年にラボグロウンはダイヤモンド販売全体の1%未満だったが、2024年には約20%になった。婚約指輪のセンター石に限れば52%がラボグロウンだ。
米国のミレニアル・Z世代が「同じ見た目なら安い方を選ぶ」というシンプルな論理で市場を動かした結果だ。「サステナブル」「エコ」「価値観の変化」など複雑な説明もあるが、実態は価格差が決定的だった。
価格崩壊の根本原因——「生産能力が300%増えた」
「価格がここまで下がるとは思わなかった」という業界人の証言は多い。2020年時点の業界予測でも「ラボグロウンは天然の50〜60%程度で安定する」という見方が主流だった。しかし実際には74%下落した。予測を外した理由は「生産技術の進歩速度」と「参入企業数の増加」を過小評価したからだ。テクノロジー産業では「予測を超えるスピードで進歩する」という法則が宝石業界でも成立した。
CVD vs HPHT——2大生産技術の比較
CVD技術の進歩は「高品質化」と「低コスト化」を同時に実現した。2015年頃は1カラットのラボグロウンを作るのに数十時間かかっていたが、2024年には同品質を数時間で作れるようになった。成長速度が速くなれば1台の機械でより多くの石を生産できる——設備コストが薄まり、1石あたりの製造コストが急落した。
ラボグロウンの生産技術は2つある。CVD(Chemical Vapor Deposition・化学気相成長法)はメタンガスを分解して炭素原子をダイヤモンドシードに積み上げる技術で、主にインド企業(Greenlab、Ethereal Green Diamond等)が中心だ。
HPHT(高圧高温法)は天然と同じ高圧・高温環境を人工的に作り出す技術で、主に中国の河南省が世界最大の生産地として支配している。
2020〜2023年の3年間で、世界の合成ダイヤ生産能力が300%以上増加。しかも各社は競争のため設備投資を止めず、供給は需要を遥かに上回った。在庫が積み上がり、価格は下落し続ける——古典的な供給過剰市場だ。

デ・ビアス(De Beers)の苦境
デ・ビアスの経営危機は天然ダイヤ産業全体に影響を与える。デ・ビアスはDTC(Diamond Trading Company)を通じて世界の天然ダイヤ原石流通の約30%を管理しており、その売却・経営変化は産地国(ボツワナ・ナミビア・カナダ等)の経済にも直結する。「ダイヤモンドで国家財政を支える国」の経済安定性が問われる問題でもある。
デ・ビアスの次の戦略として注目されているのは「原産地の物語の強化」だ。ボツワナ・南アフリカなどの産地でのコミュニティ開発・雇用創出という実績を前面に出し、「天然ダイヤを買うことがアフリカの発展に貢献する」というナラティブを構築しようとしている。これは「ラボグロウンより環境・社会に良い」という主張への反論であり、天然ダイヤの価値を「物語」で守ろうとする戦略だ。
デ・ビアスの苦境はラボグロウンだけが原因ではない。天然ダイヤモンドの需要自体も中国市場の失速(2023年の不動産危機による消費低迷)と欧米での婚礼市場縮小が重なり、2023〜2024年は天然ダイヤの卸価格も15〜20%下落した。「ラボグロウンの台頭」と「天然市場の需要減」という二重の打撃がデ・ビアスを窮地に追い込んだ。
天然ダイヤ市場の巨人デ・ビアスは、2018年にLightbox Jewelryブランドで自らラボグロウン事業に参入。発足当初から1カラット$800均一の価格で販売し、既存のラボグロウン業界の価格を一気に押し下げた。2024年5月には$500均一まで値下げし、2025年5月にはLightbox Jewelry自体の閉鎖を発表——ラボグロウン価格崩壊を最も象徴する事件となった。
結果として2023年前半にデ・ビアスの利益は60%以上下落、2024年初頭には20億ドル相当のダイヤモンド在庫を抱えてスタートし、2024年5月にはAnglo Americanがデ・ビアス売却検討を発表した。
ラボグロウン価格崩壊は天然ダイヤモンドの市場にも影響を与え、既存のダイヤ投資構造を揺るがしている。
「合成の罠」——投資目的で買った人の悲劇
ラボグロウン投資の失敗から学べる教訓は「製造コストが下がる技術製品は投資対象にならない」という単純な原則だ。宝石に投資価値があるのは「人工的に再現できない地球的な希少性」があるからで、工場で量産できるものにその価値は生まれない。この原則は天然有色宝石の価値を理解する上でも重要な逆説的な教訓になる。
二次流通の厳しい現実を具体的に見ると、2020年に3,000ドルで購入したラボグロウンが2024年に中古市場で売れた場合の価格は200〜500ドルが相場だ。購入価格の10〜15%という結果だ。これは天然ダイヤモンドの二次流通(購入価格の50〜70%)と比べて格段に低い。投資対象としてのラボグロウンが「機能しなかった」理由が、この数字に集約される。
ラボグロウンを投資目的で購入した人の多くは「新技術が普及するとき価格が上がる」という期待を持っていた。しかしこの予測はテクノロジー製品の論理で宝石を見たミスだった。スマートフォン・液晶テレビ・太陽光パネルはすべて普及とともに価格が下がった——製造コストが下がるほど価格も下がる工業製品の論理だ。宝石の価値は希少性から来るが、人工的に量産できるものに希少性は生まれない。
「合成の罠」の被害者に共通するのは「新技術=価格上昇」という誤った前提だ。スマートフォン・電気自動車・太陽光パネルは新技術が普及とともに価格が下がった——ラボグロウンも同じ経路を辿った。「技術の希少性」は一時的で、製造コストが下がれば価格も下がる。宝石の価値は「技術的な希少性」ではなく「地球的な希少性」から来る——この原則をラボグロウンが示してしまった。
ラボグロウン購入者の中には「天然より75%安い、見た目同じ、将来値上がりするかも」と投資目的で購入した層がいた。
2020年に1カラット3,410ドルで買ったラボグロウン・ダイヤモンド——2024年の転売価格は892ドル未満(多くの場合、二次流通すらしない)。
再販の現実は厳しい。質屋・買取店では購入価格の10〜20%でも売れれば上等で、メルカリ・ヤフオクでは出品されても買い手がつかないことが多く、欧米の二次流通サイトでは「Lab-grown」表記が売却時に50%以上のディスカウントを意味する。
対照的に、2024年のルビー競売で1個56億円を記録したような天然の希少宝石は値上がりし続けている——希少性という価値が、ラボグロウンには存在しないためだ。
「見た目が同じ」でも「価値が違う」消費者心理
「物語」の価値を数値化した研究がある。ハーバード・ビジネス・スクールの研究によると、「希少な産地から来た同一品質の製品」に対して消費者は平均20〜30%高く支払う意思があるという。ダイヤモンド市場ではこれが「産地プレミアム」として現れる——カシミール・ビルマという地名が価値を決める現象はこの心理の典型だ。
「感情的価値」の正体は何か——研究者の間では「出所のエフェクト(provenance effect)」と呼ばれる心理が研究されている。同じワインでも「高級ヴィンテージ」と聞くと美味しく感じる現象と同じで、「地球が数十億年かけた石」という来歴の知識が知覚される価値を高める。ラボグロウンは分子的には同一でも、この「来歴の物語」がない——それが「感情的価値の差」の正体だ。
De Beers Groupの2024年消費者調査では、「ラボグロウンと天然は見た目が同じ」と認める消費者が78%に上る一方、「それでも天然ダイヤに感情的価値を感じる」消費者が89%、「結婚指輪は天然がいい」と答える消費者が67%だった。
「見た目の同一性」と「感情的価値」が分離している——これが天然ダイヤモンドの価格差の唯一の根拠だ。
ホープダイヤモンドの「呪い」がカルティエのマーケティングで作られたのと同じ構造——ダイヤモンドの「価値」は常に物語によって作られてきた。ラボグロウンには物語がない。
鑑定書での見分け方——GIAとIGI
消費者向けの実践的なアドバイスとして——ラボグロウンを選ぶ場合は「IGI鑑定書付き」を選ぶことが安心だ。IGIはラボグロウンの鑑定実績が豊富で、石の詳細情報が充実している。天然ダイヤを選ぶ場合は「GIA鑑定書付き」が世界標準で売却時の評価が高い。どちらを選んでも「鑑定書なし」の高額石は選ばないことが鉄則だ。
テクノロジーの進歩で識別が難しくなるリスクもある。現在はGIA・IGI等の鑑定書があれば天然かラボグロウンかを確実に判別できる。しかし鑑定書なしの石については、「PhotoLuminescence(光ルミネセンス)分光分析」など専門機器が必要だ。将来的に鑑定技術が追いつかない速度でラボグロウン技術が進歩した場合、判別の難易度が上がる可能性がある——これが天然ダイヤ市場の長期リスクの一つだ。
鑑定書がない場合の見分け方として、GIA認定のダイヤモンド検査機器「DiamondCheck」がある。石に光を当てて数秒で天然かラボグロウンかを判定できる。価格は数十万円で業者向けだが、大きな宝石店では導入が進んでいる。消費者として対策するなら「GIA鑑定書付きの石を買う」「証明書番号をオンラインで照合する」この2点が確実だ。
天然かラボグロウンかは鑑定書で即座に判別できる。GIA(米国)は`Laboratory-Grown Diamond Report`という別フォーマットを使い、IGI(ベルギー)は鑑定書に`Laboratory Grown`と明記し、HRD(ベルギー)は`Synthetic Diamond`と表記する。
しかし市場には鑑定書なしのラボグロウンが多数流通しており、目視での識別は専門家でも不可能。GIA鑑定書の偽造事件も報告されており、鑑定書の真贋チェック(GIAサイトでのレポート番号照合)は必須だ。

「天然ダイヤモンドは買うべきか」——2026年の判断基準
2026年時点での結論として——天然ダイヤモンドへの投資は「大粒・高品質・良産地・天然」という条件が全て揃った石に限定すべきだ。1ct以下の一般的なコロレスダイヤモンドは、ラボグロウンの普及によって希少性の「感じ方」が変わった。しかし5ct以上のD・FL品や、天然ファンシーカラーダイヤモンドは別の価値軸にあり、ラボグロウンの普及の影響を受けにくい。
天然ダイヤモンドへの投資判断として、現在の市場で最も注目を集めているのは「ファンシーカラーダイヤモンド」だ。天然のピンク・ブルー・イエロー・グリーンのダイヤモンドはラボグロウンでも品質の良いものが作れるが、「天然のアーガイルピンクダイヤ」「天然のブルーホープ類似」への需要は依然として根強い。ファンシーカラーの天然ダイヤモンドは「コロレスダイヤの代替はラボグロウンで十分」という流れの中でも独自の評価軸を持ち続けている。
ラボグロウンが普及したことで、逆説的に「天然ダイヤモンドの意味」が明確になった。かつては「ダイヤモンド=天然」が当然だったが、今は選択肢がある状況での選択になった。意識的に天然を選ぶ行為に「物語への投資」という意味が生まれた。「天然ダイヤモンドを贈る」ことの意味は、ラボグロウン普及以前より深くなったとも言える。
ラボグロウン価格の崩壊を受けて、天然ダイヤモンドの価値判断は以下の軸になる:
| 要素 | 天然を選ぶべき条件 |
|---|---|
| 投資目的 | ◯(Dカラー・FL〜VVS・3ct以上の希少石) |
| 贈答・結婚指輪 | ◯(「感情的価値」が決定要因) |
| 日常使い | ー(ラボグロウンでコスパ良好) |
| 1ct未満 | ー(4Cの数字差だけで決める) |
つまり大粒・高品質・長期保有なら天然、小粒・日常使いならラボグロウン——という住み分けが2026年の市場で成立しつつある。
中国・インドの今後
日本の消費者として注目すべき点がある——インドのラボグロウンメーカーが日本市場への直接販売を強化している。価格競争力を持つインド製ラボグロウンが「中間業者を省いた直販」で日本市場に入ってきており、国内の宝石専門店との価格差が広がっている。正しい情報と判断基準を持つことが、日本の消費者にとって今後ますます重要になる。
ラボグロウン価格の底がどこにあるかを考えると、製造コストに行き着く。現在の製造コストは1カラット当たり100〜300ドル程度とされ、2028年にはさらに下がると予測される。市場価格が製造コストに近づくと、採算が合わない生産者が市場から撤退し始め、価格下落が止まる可能性がある。ただしこの「底値」がどこかは誰にも正確には分からない。
中国・インドのラボグロウン生産拡大は国家戦略とも連動している。インドは天然ダイヤの研磨・輸出で世界市場の85%を担ってきたが、天然原石の供給減少に備えてラボグロウン生産にシフトする動きが加速している。この転換は「天然ダイヤを研磨してきた職人・インフラ」をラボグロウン生産に活用するという合理的な選択で、インド政府の補助金も後押ししている。
CVD・HPHTどちらも中国・インド主導の技術で、今後も生産能力は拡大し続ける。2025〜2028年の生産予測では中国が年間500万カラット(2023年比2倍)、インドが年間800万カラット(2023年比1.8倍)と見られている。
供給過剰は続き、ラボグロウン価格はさらに低下する可能性が高い。業界予測では2028年頃に1カラット500ドル以下まで下がるという見方が支配的だ。

石好き次郎から
ラボグロウンの価格崩壊は宝石業界が70年かけて築いた「ダイヤモンドの神話」の脆さを露わにした。しかし同時に、本当の希少性と来歴を持つ石の価値がより明確になった。天然の良質な有色宝石への関心が高まっているのはその反動だ。石の価値を問い直すきっかけを与えてくれたという意味で、ラボグロウン革命は石好きにとっても重要な出来事だった。
石好きとして、この変化を最も面白いと感じるのは「天然ダイヤの物語が可視化された」点だ。かつては誰も「なぜ天然ダイヤに価値があるのか」を問わなかった。ラボグロウンが「化学的に同一」と証明したことで、天然の価値が「物語と希少性」だと明確になった。石好きが長年言ってきた「石には理由がある」が、ラボグロウン革命によって証明された。
ラボグロウンの登場は宝石の価値を問い直した。「地球が作った」という事実にどれだけの価値を感じるか——これは科学では答えられない問いだ。石好きとして言えるのは「地球の時間を感じる体験は、人工では作れない」ということだけだ。ラボグロウンが普及した世界で天然ダイヤモンドを選ぶことは、その「感じる体験」を大切にする選択になった。どちらが正しいかではなく、何を大切にするかの選択だ。
石好きとして一つ確認したいことがある——「ラボグロウンは悪い石か」という問いだ。答えはノーだ。化学的に天然と同一で、美しく輝き、環境負荷は採掘より低い。「道具」として宝石を見るなら、ラボグロウンは革命的に優れた選択肢だ。ただ「石の来歴・希少性・時間」に価値を見出す石好きの視点では、天然と同じにはなれない。どちらが正しいかではなく、自分が何に価値を感じるかを知ることが重要だ。
ラボグロウン価格崩壊を見て思うのは「宝石の価値とは何か」という根本問題だ。
分子レベルで天然とラボグロウンは全く同じ。光学的性質も、硬度も、輝きも、4Cの評価も同じ。違うのは「どこで・いつ・どうやって・誰が・何時間かけて作ったか」だけ——これを物語と呼ぶ。
ダイヤモンドの価値は、常に物語だった。1947年にデ・ビアスの広告代理店N.W. AyerのコピーライターFrances Geretyが「A Diamond is Forever」を書き、1948年から広告キャンペーンが始まる前は、ダイヤモンドは婚約指輪の定番石ではなかった。サファイアやルビーの方が好まれていた時代もあった。「婚約指輪にはダイヤモンド」という常識は、企業が戦後70年以上かけて作った物語だ。
ラボグロウンはこの物語を破壊しようとしたが、実は破壊しきれなかった。物語を破壊するには新しい物語が必要——しかし「実験室で作りました」は物語にならなかった。
天然ダイヤモンドは「地球が数十億年かけた」という物語を持つ。ラボグロウンは「数週間の製造プロセス」という事実を持つ。どちらの理由に価値を感じるかは個人の自由だ。ただし、価値を感じない人にとっては、ラボグロウンで十分だった——それが74%の価格下落として現れた。
「良い石には理由がある」——天然ダイヤモンドの「理由」は地球の時間だ。ラボグロウンの「理由」は人間の技術だ。両者は別の価値を持つ——市場はそれを4年で学んだ。


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