大井川で石を拾う——南アルプスが運ぶ石と、「越すに越されぬ」川の物語

大井川の河原(イメージ)

大井川で拾えるのは、赤や緑のチャート、薄く剥がれる千枚岩、灰色の砂岩、そして下流のグレーの大井川玉石だ。どれも南アルプスが崩れて、川が運んできた石になる。源は標高三千メートルを超える間ノ岳。江戸時代には「越すに越されぬ」と恐れられ、今はSLが走る。石の顔ぶれも、川の来歴も、にぎやかな川だ。

目次

大井川の基本——ひと目でわかる早見表

項目内容
源流間ノ岳(南アルプス・白峰三山)
河口静岡県・駿河湾
赤石の由来赤石沢に多い赤色チャート(放散虫由来)
河原で見る石変成岩(千枚岩)・砂岩・泥岩・チャート/グレーの大井川玉石
歴史「越すに越されぬ大井川」——東海道の難所・国境
沿線の見どころ寸又峡「夢のつり橋」・奥大井湖上駅・SL大井川鐵道・川根の茶
注意多数のダム(放流注意)・上流は林道許可制・ジオサイト保全区域

源流から河口へ——大井川を下る

始まりは、標高三千メートルを超える間ノ岳。源流部は、登山者しか入れない南アルプスの奥だ。赤石岳の赤いチャートが崩れて、川へ落ちる。河原の赤い一個の、いちばん最初の場所がここになる。

上流は、接岨峡や寸又峡の険しい峡谷が続く。急流が岩盤を刻み、崩れたばかりの角ばった石を転がしていく。その峡谷を、大井川鐵道がさかのぼる。上流の石は、とがっていて若い。

中流に入ると、川は「鵜山の七曲り」と呼ばれる大きな蛇行を描く。ここまで来た石は、急流に何度も転がされ、少しずつ角が取れていく。茶畑の広がる川根路を、今はSLがのんびり走る。

山を抜けた大井川は、志太平野に広い扇状地をつくり、焼津の先で駿河湾へ注ぐ。河口まで来た石は、すっかり丸くなったグレーの玉石だ。赤石岳から崩れた海の石が、川を下って、また海へ帰る。

この広い河原が、石を探す人の入り口になる。ただし大井川の流域は、東西の幅が十〜十五キロと狭く、南北に約百キロと細長い。豪雨が降ると、水が一気に本流へ集まる。水位の上がり方が速い川だ。

大井川で拾える石——赤石が崩れて、川を旅する

石の顔ぶれが多いのは、赤石山地が付加体だからだ。海底の砂・泥・チャートが幾重にも折り重なった地層で、崩れて川に入る石も、生い立ちがばらばらになる。変成岩、砂岩、泥岩、そしてチャート。同じ遠州を流れる天竜川がガーネットを運ぶのとは、また違う顔ぶれだ。

チャート——赤石岳と同じ、放散虫の石

大井川の主役は、チャートだ。赤・緑・黒と色があり、ガラスのように硬く、割れると角がとがる。放散虫という微生物の殻が、海底で緻密に積もってできた石だ。赤いチャートを見つけたら、赤石岳の山頂を赤く染める石と、同じ仲間かもしれない。かもしれない、で十分うれしい。

変成岩・千枚岩——薄く剥がれる、絹の光沢

四万十層(付加体の地層の一つ)の泥岩は、地下深くで強い圧力を受けて千枚岩に変わったものが多い。薄い層が重なり、絹のような鈍い光沢がある。手に取ると、層に沿ってぺらぺら剥がれる。地味だ。でも、プレートに押しつぶされた跡を、指先でめくれる石はそう無い。

砂岩——灰色の粒の集まり

灰色で、ざらりとした砂岩は、海の底に流れこんだ砂が積もって固まった石だ。大井川の流域の大部分は、この砂岩と泥岩が重なった地層でできている。ルーペを当てると、細かい粒がぎっしり詰まる。チャートは生き物の殻から、砂岩は陸から流れた砂から。同じ海の底の生まれでも、材料がまるで違う。

大井川玉石——南アルプスが磨いたグレーの丸石

下流でよく知られるのが「大井川玉石」だ。砂岩や泥岩が急流に転がされた、グレーで少し青みのある丸い石。派手さはまるでない。庭石として古くから好まれてきた。拾う人より、庭に置く人に人気の石というのが、なんとも渋い。

越すに越されぬ大井川——川が、人の運命を決めた

大井川は、古くは駿河国と遠江国の境界だった。徳川家康は東海道に宿駅伝馬制度を敷いて街道を整えたが、大井川には、あえて橋を架けず、渡し舟も禁じた。江戸を守る防衛線として大河をそのまま残した、と言われる。おかげで大井川は、東海道最大の難所になった。

橋がないなら、どう渡るか。ここで生まれたのが「川越人足」という職業と、それを仕切る「川越制度」だ。旅人は、まず川会所で「川札」を買う。札一枚で人足一人を雇える。その値段は毎朝、ベテランの人足が水深と川幅を計って決めた。股のあたりまでの深さなら、川札一枚が四十八文。人足は旅人を肩に乗せ、あるいは連台という担ぎ台に乗せて、対岸へ運んだ。

水が増えれば、料金は上がる。脇の下ほどの深さ——約百三十六センチを超えると「川留め」になり、旅人は水が引くまで島田宿や金谷宿で何日も足止めされた。宿場が栄えたのは、この川留めのおかげでもある。人足は、幕末には両方の宿で合わせて千人を超えたと言われる。

石好き次郎
股までなら川札一枚、四十八文。いまは河原に降りるのに、一文もかからない。江戸の旅人が聞いたら、うらやましがると思う。

その様子は、歌川広重が「東海道川尽 大井川の図」に描いている。今も島田市には、川会所や札場、人足たちの番宿が復元され、「島田宿大井川川越遺跡」として国の史跡になった。着物を着て川越し気分を味わえる体験もある。

その難所を、今はSLの大井川鐵道がさかのぼる。大井川鐵道ができたのは1925年。上流の発電所づくりと、木材を運ぶための鉄道だった。人を肩に乗せて渡った川を、いまは汽笛が上っていく。

赤石岳の名は、赤い石から来ている

赤石山脈の「赤石」は、盟主・赤石岳から来ている。赤石岳の名は、赤い石——赤色チャートに由来するとされる。環境省の南アルプス国立公園の資料でも、赤石沢に多い赤色チャートの岩盤が山名の由来と説明されている。石が山の名前になった。石好きとしては、それだけで少し誇らしい。

放散虫とは——海の微生物が、山になる

赤色チャートは、放散虫(ラジオラリア)の殻が、深い海の底で何千万年もかけて降り積もってできた岩だ。それが地殻変動で持ち上がり、三千メートルを超える山の頂になった。海の底が、空にいちばん近い場所まで上がったことになる。静岡が地質の顔ぶれの多い県と言われるのも、こういう土地が一つの県に同居するからだ。

放散虫は、大きさ十分の一ミリほどの、ガラス質の殻を持つプランクトンだ。死ぬと殻が海底に沈み、途方もない数が積もって、赤いチャートになった。ルーペで覗いても、たいてい何も見えない。見えないのに、そこに詰まる。

石好き次郎
海の底で積もって、三千メートルまで持ち上がって、また川を下ってくる。最後は河原で人に拾われて、ポケットに入って帰る。石を手に取ると、時間の単位がおかしくなる。

石拾いだけが目的でなくても——大井川の見どころ

大井川沿いには、石を探さなくても行きたくなる場所が多い。寸又峡の「夢のつり橋」、湖に浮かぶように立つ奥大井湖上駅、川沿いを走るSL、茶畑の川根路、井川の温泉。家族を連れていくなら、石の話は河原に降りてからでいい。

どこで見る・気をつけること

決まりは、上流のことだけ覚えておけばいい。大井川の上流部は、南アルプスユネスコエコパークやジオサイトに含まれ、保全が求められる区域がある。上流の林道東俣線を車で通るには、静岡市長の許可が要る。上流は掘る場所ではなく、見る場所だ。

中下流のふつうの河原で、転がる石を手で拾うぶんには構えなくていい。気をつけるのは、水のほうだ。ダムの多い川なので、放流のサイレンや表示があれば、石を置いてすぐ上がる。石は逃げない。水は待ってくれない。

石好き次郎から

大井川に石を拾いに行ったことがあったか、正直よく覚えていない。静岡はもともと好きで、よく足を運ぶのに、だ。SLも寸又峡のつり橋も、川沿いには行ってみたい場所が多い。それより何より、赤石という名の由来が気になる。石が山の名になった、あの話だ。

行ったら、まず赤いのを一個探す。地味なグレーの玉石も、たぶん一緒にポケットに入る。

石好き次郎
グレーで地味な玉石を、一個だけ持ち帰りたい。赤い山が崩して、急流が磨いた石だ。行ったかどうかも覚えていない川の石を、もう欲しがる。気が早い。

公式確認先

行き方や料金のもとにしたページを置いておく。変わっていたら、こちらが正しい。上流の地質・地形は静岡県の「大井川に沿う赤石山地・南アルプスのジオサイトガイド」、赤石岳の名の由来と南アルプスの保全は環境省の南アルプス国立公園。ダムの放流情報は、各ダムの管理者が出している。

石好き次郎のおすすめ
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赤いのを一個探しに行くなら、西隣の天竜川もある。こちらの赤は砂に混じる米粒より小さなガーネットで、探し方は天竜川の砂にガーネットはある?で分かる。

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この記事を書いた人

石好き次郎
石を拾って20年、仕入れて売る仕事もしてきた。実際に見て、触って、確かめたことだけを書く。

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