
「星糞峠(ほしくそとうげ)」の名は、峠に散らばる黒曜石のかけらが光を返し、星のかけらが降り積もったように見えたことから付いたという。江戸時代から、地元ではそう呼ばれてきた。こんなにきれいな石に、ずいぶんな名前をつけたものだ。
旧石器時代から縄文時代にかけて、人がこの峠のあたりに集まり、黒い石を割って道具を作っていた。その破片が、いまも地面に埋まる。星の正体は、その割りくずだ。峠の石は持ち帰れない。そのかわり、麓のミュージアムでは、同じ黒い石を自分の手で割って矢じりにできる。
麓にあるのが、長野県長和町の「星くずの里 黒耀石体験ミュージアム」。国史跡「星糞峠黒曜石原産地遺跡」のすぐ下で、矢じりを割る、勾玉を磨く、縄文土器を作る、といった体験ができる。2021年開館の「星くそ館」からは、熊鈴を持って採掘跡の残る山道も歩ける。石を並べて眺める博物館ではない。石を使う博物館だ。
| 場所 | 長野県長和町・黒耀石体験ミュージアム(星糞峠の麓) |
|---|---|
| 駐車場 | 乗用車40台・バス10台(無料) |
| 採集可否 | 不可(星糞峠の黒曜石は持ち帰り禁止)。体験の制作物は持ち帰り可 |
| 子ども向け | ○ 体験メニュー十数種・謎解きあり |
| 最終確認日 | 2026年7月 |
採れる石・料金・地図は、記事の一番下のスポット情報に置いた。
黒曜石とは何か——噴火が作った天然ガラス
黒曜石(こくようせき)は火山岩の一種で、天然のガラスだ。成分は主に二酸化ケイ素(SiO₂)。水晶や瑪瑙と同じ材料なのに、結晶になる前に固まったので、ガラスの光沢と、貝殻のような割れ口(貝殻状断口)を持つ。手に取ると、石というより割れた瓶の底に近い。見た目で油断すると、指を持っていかれる。
なぜガラスになるのか。粘りの強い流紋岩質のマグマが、水中や地表で急に冷えると、結晶が育つ時間がない。そのまま固まったのが黒曜石だ。ゆっくり冷えれば花崗岩になる。冷え方ひとつで、ざらざらの石にも、つるつるのガラスにもなる。石の世界は、生まれより育ちで決まる。
黒の正体は、ガラスの中に散った、目に見えないほど小さな鉄の鉱物の粒だ。粒の量で、灰色や茶色にもなる。和田峠の黒曜石は黒が深く、光沢が鋭い。「鏡のように光る」と言っていい品質のものもある。この光が、縄文人にとって特別な石だった理由の一つだ。光るものに弱いのは、昔の人もいまの石好きも変わらない。
星糞峠の黒曜石は、霧ヶ峰のあたりの火山が、流紋岩質のマグマを噴き出したころにできた。この石は叩くと、打撃点から放射状に割れが走り、一瞬で鋭い刃が出る。研ぐ手間がいらない。旧石器の人も縄文人もそれを見抜いて、長い時代にわたってこの峠へ石を採りに来た。
ここの石は、遠くまで運ばれた。和田峠の黒曜石は、各地の縄文の遺跡から出る。元素を調べる産地鑑定で、関東などの遺跡の石が長和町のあたりの産と分かった。全部、人が歩いて運んだ距離だ。高速道路で行っても遠いとこぼす身には、耳が痛い。人が3万年前から産地を知っていた話は、北海道の黒曜石と白滝の国宝で続く。
小さな施設が、本物の地面の上に建つ
星くそ館は、小さな施設だ。派手さはない。そのかわり、本物の採掘跡の上に建つ。これだけは、よその大きな施設がどれだけお金をかけても真似できない。地元のボランティアガイドが案内してくれることもあり、黒曜石を自分の町の自慢として話す声が聞ける。大きな施設ほど、こういう声は聞こえにくい。
星くそ館の名前も、峠と同じところから来ている。一度聞いたら忘れない名前だ。子どもは、まず「くそ」のところで笑う。
近くに「和田宿温泉ふれあいの湯」がある。霧ヶ峰高原やビーナスラインと組み合わせれば、高原のドライブと石の体験が一日でつながる。石で汚した手を、湯で洗って帰る。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 入館料 | 大人400円・小中学生200円(公式確認日2026-07-28) |
| 体験料 | 300〜2,000円(メニューにより異なる、所要30分〜) |
| 営業時間 | 9:00〜16:30(体験最終受付15:00・入館最終受付16:00) |
| 休館日 | 毎週月曜日(月曜祝日の場合は翌日)・年末年始(12/28〜1/3) |
| 体験室収容 | 同時に最大150名・食事スペースあり |
| 駐車場 | 乗用車40台・バス10台(無料) |
| TEL・住所 | 0268-41-8050 / 長野県小県郡長和町大門3670-3 |

アクセス
電車だけで行くのは、正直つらい。JR茅野駅から車で約40分、上田駅からは約70分で、駅からの直通バスはない。駅でレンタカーを借りるのが現実的だ。車なら中央道の諏訪ICから約45分。霧ヶ峰やビーナスラインを走るついでに寄りやすい。
割る、磨く、織る——十数種類の縄文体験
体験メニューは十数種類。中心は「石を使う体験」で、大人も子どもも手を動かす内容がそろう。展示を見るだけだと飽きる子どもも、割る、磨く、となると目つきが変わる。石は、眺めるより触ったほうが早く好きになる。
土器づくりも人気だ。縄文のやり方で粘土から土器を作り、縄目の模様を自分でつける(焼くのは後日)。石と土は、縄文の二大素材だ。黒曜石の鋭さに肩が凝ったら、粘土のやわらかさで一息つける。同じ施設で両方さわれるのは、地味にありがたい。
時期によっては「ナイフ作り」もある。本物の黒曜石のかけらを打ち欠いて、ナイフ形の石器にする。カミソリ以上と言われる切れ味を、自分で作った刃で確かめる体験だ。なぜ縄文人がこの石を選んだのか、説明はいらなくなる。刃を紙に当てた瞬間、頭より先に手が分かる。
黒曜石の刃は、外科用のメスより鋭いことがある。刃先がそれだけ薄く割れるからで、手術用のメスとして研究された例もある。3万年前の道具の材料が、いまの手術台の話に出てくる。石器を古くさい道具だと思っていた人ほど、ここで黙る。
予約は公式サイトか電話で。土日と夏休みは混むので、1週間前までに押さえておくと安心だ。作ったものは持ち帰れる。持ち帰った刃は、たぶん子どもより大人のほうが長く眺める。
【矢じりづくり(初級・所要60分)】
いちばん人気。縄文人は黒曜石の薄いかけらの縁に鹿の角を押し当て、プチプチと割って三角の矢じりを作った。ここでは鹿の角のかわりに、先に銅線をつけた「ペンシル」という道具を使う。縁を少しずつ割っていくと、鋭い三角が出てくる。完成品は台紙に貼って持ち帰れる。プチプチという手応えが、思ったより気持ちいい。
【キーホルダーづくり(初級・所要60分)】
矢じりと同じ「プチプチ割る」やり方で、好きな形の黒耀石キーホルダーを作る。形ができたら縁を石でゴリゴリこすって刃をつぶすので、ふだん持ち歩いても指は無事だ。刃を捨てた黒曜石は、ただの黒く光る板になる。それはそれで、きれいだ。
【勾玉づくり(初級〜中級・所要60分)】
翡翠の勾玉はとても硬く、1mmの穴をあけるのに2時間かかるほどだという。ここで使うのは「高麗石(こうらいせき)」という、とても柔らかい石だ。砥石で角を取り、2種類のサンドペーパーで水研ぎして、光るまで磨く。黙って磨く時間は、石好きにとってはほとんど休憩だ。
【骨角器・ボーンネックレス(初級・所要60分)】
骨を削ってペンダントにする。「骨角器(こっかくき)」は縄文の代表的な道具だ。石の記事で骨の話をするのも妙だが、縄文の道具箱は石だけでできていたわけではない。
【縄文織り・編布(あんぎん)コースター(初級・所要60分)】
縄文の布の作り方「編布(あんぎん)」でコースターを織る。ひもを交互に組んでいくだけの単純な技法だ。単純なやり方ほど、長く続く。縄文の暮らしの知恵には、そういう地味な強さがある。
【上級メニュー(石槍・釣り針・黒耀石の鏡づくり等)】
矢じりより難しい「石槍」、指先の勝負になる「釣り針づくり」、黒耀石の光沢を生かした「黒耀石の鏡づくり」は上級向け。縄文土器のパズルも人気がある。毎年8月の「黒耀石のふるさと祭り」では、ふだんできない屋外の体験もある。上級の名前を眺めているだけで、初級の矢じりで十分な気がしてくる。
星くそ館——縄文の採掘跡を熊鈴を持って歩く
星くそ館の山道で見られる星糞峠の縄文採掘坑は、いまも発掘調査が続く遺跡だ。出土した黒曜石の核石(コア)、剥片(フレーク)、作りかけの石器が展示されていて、石が道具になるまでの順番が並びで読める。河原で拾う石は、自然が作った形だ。ここの石は、人が作りかけてやめた形をしている。そこがたまらない。
採掘跡は「星糞峠黒曜石原産地遺跡」として国の史跡だ。縄文の採掘坑や加工の跡が掘り出され、保存されている。だから峠の石は、落ちている破片も含めて採ったり持ち出したりできない。文化財保護法で禁じられている。縄文人が石を採った地面を、こちらは見るだけにする。
ガイドと一緒に歩けば、採掘跡の説明がつく。説明がつくぶん、足の止まる回数が増える。帰りの時間は、多めに見ておく。
熊鈴を受け取って、山へ
「星くそ館」は2021年開館。ミュージアムから山に入った星糞峠の斜面にあり、縄文人が黒曜石を掘った様子と、地下に埋もれていた鉱山の地層を見られる。開館は5月から11月で、冬は閉まる。受付は15時まで。申し込むと、大きな熊鈴を渡される。石を見に来て、クマの心配をする。山の石は、たいていクマとセットで出てくる。
チリンチリンと鳴らしながら登ると、足元に黒くキラキラした破片が散らばり始める。縄文の人が黒曜石を掘り、割った跡だ。日の当たる角度で、黒い破片がひとつずつ光っては消える。拾うための場所ではない。それでも、縄文の採掘跡に自分の足で立つと、石の見え方が一段変わる。
謎解きアクティビティ——展示を読むうちに石に詳しくなる
謎を最後まで解くと「縄文探偵の認定証」がもらえる。謎を解くために展示を読んでいたら、いつの間にか黒曜石に詳しくなる。そういう仕組みだ。子どもに石を好きになってもらいたいなら、説明するより、謎を一枚渡したほうが早い。親が説明を始めた時点で、子どもの耳は閉じる。
所要は約90〜120分。館内の展示を見ながら解く仕組みなので、見学がそのまま遊びになる。ヒントカードを使えば行き詰まらず、石に詳しくなくても最後まで行ける。逆に石に詳しい大人は、展示の前で止まりすぎて時間が足りなくなる。
2025年以降は、新しく「周遊謎解き・星降るムラの謎解き探検」も始まった。ミュージアムと周りを巡りながら謎を解いていく形で、石器づくりの前後に組み込める。日程は公式HP(hoshikuso.jp)で確かめる。
蓼科・白樺湖・山宮河川公園との組み合わせコース
上諏訪温泉(諏訪市)までは車で約40分。日帰りで入れる旅館や温泉施設が多い。黒曜石で神経を使った指先を、湯にゆっくり沈める。説明はそれで足りる。
答え合わせをしたいなら、諏訪市博物館がいい。縄文時代の黒曜石の石器の展示が充実していて、ミュージアムで自分が割った矢じりと見比べられる。見比べると、だいたい落ち込む。茅野市の尖石縄文考古館には、国宝の土偶「縄文のビーナス」がある。同じ縄文の、石の顔と土の顔を一日で見られる。
1泊2日で回すなら、1日目の午前にミュージアムで黒曜石の体験、午後は諏訪大社、夜は上諏訪温泉に泊まる。2日目は蓼科の溶岩の地形を見て、午後に山宮河川公園で水晶を探して帰る。割る石と、拾う石。2日で両方そろえば、移動の長さもあまり気にならない。
日帰りなら、こんな順番になる。午前はミュージアムで矢じりづくり(約1時間)。昼前に星くそ館で採掘跡を歩く。40分ほどで、受付は15時まで。午前のうちが安心だ。ミュージアムに食事の提供はないので、昼は持参か付近の食事処で。午後は白樺湖・蓼科の散策や、女神湖、北八ヶ岳ロープウェイからの北アルプスの眺めへ。受付15時の締め切りは、黒曜石より固い。
山宮まで足を延ばす日は、黒曜石と水晶を手のひらに並べてみるといい。黒曜石は急に冷えたガラスで、結晶を持たない。水晶はゆっくり育った石英の結晶だ。どちらも同じSiO₂なのに、片方は割れ口で光り、片方は平らな面で光る。二つ並べるだけで、地質の教科書の一ページ分は手で分かる。
黒曜石や天竜川のガーネットなど、長野で拾える場所のほうは、長野の高原と川原で石を探すに並べた。星糞峠で見るだけだった手は、そっちで少し報われる。
よくある質問
Q. 河原で黒曜石を見分けるには?
黒くてガラスの光沢があり、割れ口が貝殻のように丸くえぐれていれば、まず黒曜石だ。川で角の取れたものは、黒いガラス玉にしか見えない。
Q. 黒曜石は全国どこでも拾える?
拾えない。流紋岩質の火山があった土地に限られ、長野・北海道・伊豆諸島・九州などが主な産地だ。河原で黒く光る石の多くは、ただ濡れているだけだ。拾える所と拾えない所は日本で黒曜石が拾える場所で分けた。
Q. 子どもは何歳から?
勾玉づくり・縄文織り・ボーンネックレスは幼児からできる。黒曜石を割る体験は刃物を扱うので、保護者同伴の小学生以上が目安だ。
石好き次郎から
黒曜石は、結晶になる時間をもらえなかった石だ。急に冷えて、ガラスのまま固まった。だから中身が均質で、割ると貝殻状の断面が出る。刃の鋭さは、金属を超える。急かされた石のほうがよく切れる。人間とは逆だ。
星糞峠には、縄文時代の採掘坑が残る。縄文人は地面を掘って、地下の黒曜石を採った。表面の石より、地中の石のほうが質がいいと知っていた。河原の表面ばかり見て歩く私より、縄文の人のほうがよほど石を分かっていた。20年たっても、私の目はまだ地面の表面で止まる。
黒曜石を割ると、指を切る。軍手をしていても、切るときは切る。3万年前の人間も、同じように切っていたはずだ。痛みだけは、3万年たっても新しくならない。

スポット情報まとめ
| 場所 | 長野県長和町・黒耀石体験ミュージアム(星糞峠の麓) |
|---|---|
| 採れる石 | 採集は不可。体験で矢じり・勾玉などを作って持ち帰る |
| 難易度 | 誰でも(体験型博物館) |
| 料金 | 入館 大人400円・小中学生200円/体験700円〜。星くそ館は無料申込(受付15時まで) |
| Googleマップ | 地図・経路を開く |
| 最終確認日 | 2026年7月 |
公式確認先
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