九頭竜川で石を拾う——竜の名を持つ暴れ川と、流域に眠る本物の恐竜

九頭竜川の流れ(イメージ)

九頭竜川で拾えるのは、チャート、砂岩、泥岩、礫岩だ。宝石の出る川ではない。それでも気になるのは、上流の勝山で本物の恐竜が掘られ、その時代の地層から崩れた石が河原に混じるからだ。

川は岐阜県境の油坂峠あたりから福井県を流れ、坂井市の三国で日本海に注ぐ。長さ116km、流域は福井県のおよそ七割。県をまるごと背負った川で、アユやサクラマスの釣りでも知られる。

名前の由来には、九つの頭の竜、黒竜大明神、「崩れ川」と、いくつもの説がある。伝説の竜と、本物の恐竜。竜が二頭いる川を、河口の三国まで下っていく。

石好き次郎
川の名前に竜を入れたのは、よほど手を焼いたからだと思う。名前で脅しておけば、人は河原で油断しない。昔の人のほうが、川の扱いがうまい。
目次

九頭竜川の基本

項目内容
源流大野市・油坂峠付近(岐阜県境・標高717m)
河口坂井市・三国港(日本海)
長さ・広さ幹川流路延長116km・流域面積2,930km²
流域福井県の約7割・県のシンボル
知られていることアユやサクラマスの釣り・暴れ川の治水・河口の東尋坊
名の由来九つの頭を持つ竜の伝説/黒竜大明神/「崩れ川」(暴れ川)
河原で見る石チャート・砂岩・泥岩・礫岩/上流の勝山に手取層群、大野の和泉に九頭竜層群
付随する物語竜の伝説・勝山の恐竜(手取層群)・穀倉地帯を潤す川・河口の三国港突堤と東尋坊
注意「崩れ川」の異名を持つ暴れ川・増水が速い/放流情報の確認

源流から河口へ——九頭竜川を下る

源流のある奥越は、雨の多い土地で、水には困らない。上流には九頭竜ダムがあり、湖面に「夢のかけはし」という橋が架かる。暴れ川の上に、ずいぶん夢のある名前をつけたものだ。

道順にすると、こうなる。九頭竜峡谷を抜けた水は大野盆地を北へ流れ、真名川を合わせ、永平寺町の鳴鹿で福井平野に出る。福井市で日野川と合流し、三国で海に入る。字にすれば、ただの道順だ。その道順を、石は一粒ずつ転がって、角を落としてきた。

九頭竜川で拾える石

河原でまず手に取るのは、硬いチャートだ。赤、黒、灰色。割れ口がつるりとして、ほかの石より角が残る。そのあいだを灰色の砂岩と泥岩が埋め、ときどき小石を抱えこんだ礫岩が混じる。上流の両白山地や白山から来た石だ。並べると、正直かなり地味な顔ぶれになる。

手取層群の石——恐竜が生きた時代の地層

手取層群は、ジュラ紀から白亜紀にかけての砂岩・泥岩・礫岩の地層で、恐竜や植物の化石を含む。勝山市北谷の発掘地は、約1億2000万年前の前期白亜紀の地層から多くの恐竜化石が出た場所だ。河原にも、この地層から崩れてきた石が混じる。どれがそうかは、見ても分からない。分からないから、どの泥岩も怪しく見えてくる。

もっと上流、大野市の和泉のあたりには、川の名前をそのまま名乗る地層がある。九頭竜層群だ。ジュラ紀の海の泥や砂がたまった地層で、大野市は、明治時代に日本で初めてジュラ紀のアンモナイトが見つかった土地だという。恐竜より古い、海の時代の石になる。実物は、和泉の「くずりゅう化石ラボ ガ・オーノ」(和泉郷土資料館)に並ぶ。

黒っぽい泥岩を割ったら、渦巻きが出てくる。そういう夢を見るのは自由だ。ただ、河原の泥岩はどれも同じ顔をしている。夢と泥岩の見分けがつくまでに、私ならたぶん何年もかかる。

チャート・砂岩——山から運ばれる硬い石

チャートは、放散虫という微生物が海底に積もってできた硬い石だ。赤や黒があり、割れると角がとがる。砂岩はざらつき、チャートの割れ口はつるりとしている。目で迷ったら、指でなでればいい。目より指のほうが、たいてい先に分かる。

河原に降りるなら、勝山の町なかと鳴鹿から下

一か所挙げるなら、勝山だ。えちぜん鉄道の勝山駅から歩いて5分ほどの弁天緑地は、九頭竜川に沿った桜並木で、恐竜の町の真ん中を川が流れる。発掘地と同じ町の河原で、石を見る。この川でいちばん気分の出る場所だと思う。

下流は、永平寺町の鳴鹿で福井平野に出てから川幅が広がり、河原も広くなる。上流の石が角を落として、平たく丸くなっていく。降りるのは水の引いた砂利の岸だけにして、草の深い岸や堰のまわりには近づかない。

九頭竜という名前——竜が出たのは889年の6月

竜が出た日付まで、書き残されている。寛平元年(889年)の6月。平泉寺の白山権現の尊像を川に浮かべると、一身九頭の竜が現れ、尊像を捧げて流れを下った。着いたのは黒竜大明神社の対岸で、それからこの川を九頭竜川と呼んだ。竜のくせに、ずいぶん几帳面な話だ。

ほかに二つ説がある。越前の北を護る黒竜大明神の前を流れた「黒竜川」が、クズリュウと読まれたという説。古い絵図に見える「崩川」のとおり、氾濫を繰り返した「崩れ川」が転じたという説。どれか一つが正解というより、重なって今の名になったのだろう。個人的には、崩れ川の説がいちばん腑に落ちる。竜より先に、洪水があった。

伝説の竜と、本物の恐竜

勝山の手取層群からは、恐竜化石がいくつも出ている。フクイラプトル、フクイサウルス。土地の名前を背負った恐竜たちだ。

最初に見つかったのは、恐竜ではなかった

勝山市北谷は、もともと貝の化石の産地だった。1982年にワニの全身骨格が出て、1986年には山を越えた隣の石川県白峰村で肉食恐竜の歯が見つかる。それなら北谷にも、と探したら本当に出た。1989年から、福井県の発掘調査が続く。白峰の側でいま化石を割れる場所は、石川県で石を探すに並べた。

第四次の調査だけで、標本は約7万9000点。骨がつながったままの恐竜時代の哺乳類、新種を含むゴキブリの仲間、日本最古級の花を咲かせる植物の花粉まで出た。ゴキブリがうれしいかどうかは、人による。1億2000万年前の森と水辺が、まるごと出てくる地層だ。

名前(通称)学名論文の発表
フクイラプトルフクイラプトル・キタダニエンシス2000年
フクイサウルスフクイサウルス・テトリエンシス2003年
フクイティタンフクイティタン・ニッポネンシス2010年
コシサウルスコシサウルス・カツヤマ2015年
フクイベナートルフクイベナートル・パラドクサス2016年
フクイプテリクス(原始的な鳥類)フクイプテリクス・プリマ2019年
ティラノミムスティラノミムス・フクイエンシス2023年
石好き次郎
表の学名を声に出して読むと、半分くらいは「フクイ」だ。名づけた人の気持ちは分かる。自分の庭から出たら、私だって庭の名前をつける。

伝説の竜が川に現れてから、1100年あまり。恐竜が北谷を歩いたのは、約1億2000万年前。同じ川筋の二つの竜は、桁が五つ違う。伝説のほうが、ずいぶん新参者だ。

勝山で石を割って一億年前に触れたいなら、福井・勝山の化石発掘が本番だ。

福井県立恐竜博物館は、日時指定の予約制

勝山まで来たら、発掘の成果は福井県立恐竜博物館で見られる。ただ、当日ふらりと寄るつもりだと、入口で困る。いまは予約制で、日時指定の観覧券を公式サイトで先に買う。

常設展は一般1,000円。子どもと70歳以上は安く、未就学児は無料だ。開館は9時から17時(入館は16時30分まで)、夏は8時30分から18時。休館日は第2・第4水曜(祝日なら翌日、夏休み中は無休)と、12月31日・1月1日。

暴れ川が、穀倉地帯を作った

暴れ川の運んだ土砂が、福井平野を米どころにした。迷惑と恵みを、同じ川が持ってくる。人は治水と利水をくり返して、この川となんとか折り合いをつけてきた。

上流の九頭竜湖は、その折り合いの一つだ。崩れ川と恐れられた水が、いまはダム湖で紅葉を映している。竜も、ずいぶん丸くなった。

石好き次郎
河原の丸い石は、暴れた川の置き土産だ。田んぼの土と、もとは同じ荷物だったと思うと、足元の一個を蹴とばしにくい。

河口の三国——オランダ人の突堤と、東尋坊の柱

河口まで下ると、右岸の先から海へ、石の堤が一本突き出している。三国港の突堤で、長さは511m。明治15年にできた。設計には、内務省に雇われたエッセルやデ・レイケら、オランダ人の技師が関わった。

造り方もオランダ流だった。木の枝を束ねた「粗朶沈床(そだちんしょう)」を下敷きにして、その上に石を積む。波を防ぐ防波堤と、川の流れを沖へ導く導流堤を、一本で兼ねる。国の重要文化財でもある。暴れ川の出口を、枝と石で押さえたわけだ。

突堤から海沿いに少し行くと、東尋坊がある。輝石安山岩の柱状節理が、約1kmにわたって海に切れ落ちる崖だ。この規模のものは世界に3か所、という説がある。そう聞くと、残りの二つが気になってしまう。石好きの悪い癖だ。

国も、この崖を九頭竜川の河口から説明した。昭和10年に天然記念物になったときの説明文は、「九頭龍川ノ河口ニ當レル三國港ヨリ」で始まる。崖を語るのに、まず川から入る。書いた人は、たぶん川も好きだった。

どこで見る・気をつけること

上流の奥越は雨が多く、増水すると水位の上がり方が速い。河原に降りるなら、上流の雨とダムの放流を見て、天気が崩れそうな日は避ける。石は、次の晴れた日にも河原にある。

ふつうの河原で、個人が石を少し拾う分には遠慮はいらない。拾わないのは二か所だけ。国の天然記念物で名勝の東尋坊と、勝山市北谷の恐竜化石の発掘地だ。

よくある質問

Q. 河原で恐竜の化石は拾える?
まず出ない。北谷の発掘地には入れないので、割ってみたいなら勝山の発掘体験を使う。

Q. 九頭竜という名前は、恐竜と関係ある?
関係ない。偶然だ。偶然にしては、できすぎだが。

石好き次郎から

九頭竜川は、宝石を探しに行く川ではない。チャートと砂岩と泥岩の川だ。私がこの川に惹かれるのは、地味な泥岩の一個にまで、恐竜の時代かもしれないという疑いがまとわりつくところだ。疑いだけで、石は重くなる。

拾った一個は、勝山の博物館で本物の地層と見比べればいい。この川には、それくらいの遊び方が合う。福井の石を県全体で見るなら福井で石を探すへ。

石好き次郎
河原で泥岩を一個拾って、これは恐竜の足元にあった石かもしれない、と考える。たぶん違う。違っても、持ち帰る理由には足りる。

公式確認先

名の由来、恐竜の発掘の歴史、博物館の料金、河口の突堤と東尋坊は、下のページをもとに書いた。変わっていたら、こちらが正しい。

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地味な石の川を、もう一本。富士川で石を拾う。河原で拾った黒い石が、硯になって300年続いた川だ。

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この記事を書いた人

石好き次郎
石を拾って20年、仕入れて売る仕事もしてきた。実際に見て、触って、確かめたことだけを書く。

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