蓮の花の色をした石——希少サファイア「パパラチャ」の色と価格

サファイア——世界の希少宝石写真
石好き次郎
ピンクとオレンジの間、と聞くと簡単そうに思える。実物を何個か並べると、その「間」の狭さに黙る。名前で買う石ではない、と最初に言っておく。

パパラチャは、ピンクとオレンジのちょうど間の色をしたサファイアだ。名前はシンハラ語で「蓮の花の色」。値段は色しだいで、良いものは1カラット3万ドルを超えることもある。その名前が宝石好きの外まで届いたのは、2018年のイギリス王室の婚約だった。

2018年1月22日、バッキンガム宮殿がユージェニー王女の婚約を発表した。王女の指にあったのが、オレンジとピンクの溶け合ったパパラチア・サファイア(Padparadscha Sapphire)だ。この記事では、以下パパラチアと書く。

鉱物としてはコランダム(Al₂O₃)。ルビーやほかのサファイアと同じ石だ。産地はスリランカ・マダガスカル・タンザニアの一部に限られる。サファイアの売り場で、まず見かけない色だ。

色の出どころは二つ。ピンクを作るクロムと、オレンジを作る鉄。この二つが同じ結晶の中で、ちょうどいい割合でそろったときだけ、あの色になる。

目次

ピンクとオレンジの、ちょうど間

ピンク一色ならピンクサファイア。オレンジ一色ならオレンジサファイア。ピンクとオレンジがつり合った石だけが、パパラチアと呼ばれる。言葉にすると一行だ。その「つり合った」の一言に、値段の桁が一つ乗る。

真のパパラチアと呼べる石は、採れるサファイアの1%以下とされる。1カラットを超える大粒はさらに少ない。しかも「どっちの色が強いか」の線引きが、GIA・SSEF・AGLで少しずつ違う。数が少ないうえに、ものさしまで揺れる石だ。

名前の意味——蓮の花の色から

「Padparadscha」の発音はパド・パ・ラ・ジャ(pad-pa-ra-ja)に近い。もとはサンスクリット語の「padma-rāga(パドマ・ラーガ、蓮の花の色)」で、シンハラ語を通ってヨーロッパに伝わった。日本語では「パパラチア」と「パパラチャ」、書き方が今も二つある。どちらで探しても、同じ石に着く。

蓮は仏教でもヒンドゥー教でも神聖な花で、スリランカでも高貴な花とされてきた。ちなみにスリランカの国花は蓮ではなく「青い睡蓮(Nymphaea nouchali)」だ。石の名前の花と、国の花は、少しずれている。

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パパラチアのつもりの石が、鑑別で「ピンクサファイア」と書かれて戻ってくる。この石では、珍しくない話だ。色の名前ひとつで、値段は半分になる。目利きを名乗る人間ほど、自分の目を信じすぎる。

産地——スリランカが最高、マダガスカルが次点

スリランカ(ラトナプラ地区)は、パパラチアの故郷とされる。色はやわらかいパステル調で、むらが少ない。マダガスカルは近年の主な産地で、色は鮮やかだが、均一さではスリランカに一歩ゆずる石もある。タンザニアからは、少しだが良いものが出る。

「ユージェニー王女効果」——Royal Engagement Ring市場を変えた

婚約発表のあと、「padparadscha ring」の検索は一気に増え、展示会や競売への出品も増えた。上質な1カラットは8,000ドルから、3万ドルを超える水準まで上がった。ダイヤ以外の石を婚約指輪に、という流れの中で、パパラチアは「人と違う一本」の代表になった。王女の指輪一つで、石の相場が動く。石の世界は、案外ミーハーだ。

価格——1カラット3万ドルを超えることも

品質・条件価格目安(1カラット)
加熱処理品・良色 $3,000〜$10,000
無処理・良色・スリランカ産 $15,000〜$30,000
無処理・完璧な均衡色 $30,000超

いちばん高いのは、無処理で、SSEF・AGLなどの産地証明書がそろった石だ。表の下の段へ行くほど、値段は色と書類で決まる。石の重さより、紙の中身のほうが重い。

「定義が存在しない宝石」——専門家でも判断が分かれる

パパラチアのいちばんの難しさは、定義があいまいなことだ。GIAは「淡い〜中くらいの色調のオレンジピンク〜ピンクオレンジ」とし、SSEFとAGLは独自の色安定試験を使う。スリランカの経験豊富な宝石商を集めても、「完璧な均衡」の判断は割れた。紙一枚で、値段が倍にも半分にもなる世界だ。

気をつけたいのは処理だ。2000年代の初め、ピンクサファイアにベリリウムを拡散させてパパラチア色にする処理が出回った。見た目では分からず、LA-ICP-MSという精密な分析でないと見つからない。鑑別書に「No indications of beryllium diffusion treatment」とあるかを見る。買う前にGIAなどのサイトで写真を見て、目に色の見本を入れておくのも効く。

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客に「これは本当にパパラチアですか」と聞かれる。鑑別機関によって答えが変わります、と正直に言う。がっかりされることもある。それでも、曖昧なものを断言はできない。

パパラチアサファイアの鉱物学——色・産地・鑑別

特性パパラチアサファイア一般サファイア
化学式Al₂O₃(コランダム)Al₂O₃(コランダム)
発色元素Fe³⁺+Cr³⁺の組み合わせFe²⁺+Ti⁴⁺(青)またはFe³⁺(黄)
産地スリランカ・マダガスカル・タンザニアスリランカ・カシミール・ミャンマーなど
希少性全サファイアの1%以下サファイアの主要品種

パパラチアの色——定義と論争

詩人なら「蓮の花をサファイアに閉じ込めた色」と言い、化学者なら「コランダムの中にFe³⁺とCr³⁺が特定の比率で入った結晶」と言う。どちらも正しい。夕暮れの蓮の花びらのサーモン色に近いが、言葉にしようとすると、だいたい外れる。言葉が外れるたびに、もう一度見たくなる。

スリランカ——最高品質の産地

スリランカは「宝石の島(Gem Island)」と呼ばれ、パパラチアのほかにスターサファイア、ブルーサファイア、キャッツアイ、スピネル、クリソベリルも出る。先カンブリア代の変成岩が長いあいだ削られ、その砂礫の層に宝石がたまった。山が崩れて、川がふるいにかけた石を拾う。規模は違うが、筋は河原の石拾いと同じだ。

熱処理と無加熱——価値への影響

掘ったままの原石は色が薄いことが多く、熱処理(最高1,800℃)で色を整えることがよくある。鑑別書には「加熱処理あり(H)」か「非加熱(No Heat)」かが書かれる。加熱は悪ではない。隠して売るのが悪い。値段の差は、その正直さの差でもある。

価格と選び方

同じコランダムが、混ざった元素の種類とほんのわずかな量の差で、ここまで値段を変える。石の値段は、だいたい「ほんの少しの混ぜもの」で決まる。

マダガスカルのイラカカ(Ilakaka)鉱区からは、近年パパラチアが出るようになった。選べる石は増えたが、「スリランカ産」と偽る産地のごまかしも起きた。産地で値段が変わる石は、産地をごまかしたくなる人も呼び寄せる。

コランダムは色の幅が広い。無色、赤(ルビー)、青、黄、オレンジ、緑、紫。全部、同じ酸化アルミニウムだ。その中で、ピンクとオレンジの間だけに、花の名前がついた。

定義が曖昧な石を、どう買えばいいか

パパラチアの難しさは、色に厳密な定義が無いことに尽きる。石の値札を仕事で長いこと横から見てきた側から言うと、このあいまいさが、いちばん値段に化けやすい。

名前ではなく、色と鑑別で選ぶ

名前で高値がつく石ほど、名前ではなく色に払う。ピンクとオレンジが、どちらにも寄りすぎずにいるか。その色を自分の目で見て、値段と見合うかを決める。買うなら、SSEF・AGL・GRSの鑑別書に「Padparadscha」と書かれた石に絞る。響きのいい名前に引っぱられると、割高な石をつかむ。

産地と処理で価格は大きく動く

同じパパラチアでも、産地で評価が変わり、無処理か処理済みかで値段は数倍動く。産地・処理・色。この三つを見て、ようやく値札の意味が読める。

パパラチアと呼べる産地をめぐる議論

パパラチアは長いあいだ、スリランカの石だけを指す名前だった。ところが2000年前後、マダガスカル産で同じ色みの石が大量に出回り、これをパパラチアと呼んでいいかで市場が揺れた。産地で名前を限るか、色で決めるか。意見は真っ二つに割れた。

今は「色で判断する」立場が主流になりつつある。それでも、スリランカ産・無加熱の石には産地の上乗せが残る。同じ色なのに値段が違うのは、この名残だ。

似た色の別の宝石と間違えない

淡いピンクオレンジの石は、ほかにもある。モルガナイト、インペリアルトパーズ、オレンジがかったスペサルティンガーネット。ぱっと見は近いが、鉱物も値段も別物だ。

見るのは鑑別書の鉱物名の欄だ。「コランダム(サファイア)」で初めて、パパラチアの候補になれる。色だけを頼りに、安い別の石をパパラチアとして売る例もある。

パパラチアサファイアのFAQ

Q. 普段使いできる石?
A. できる。サファイアなので硬く、日常使いに耐える。強くぶつけない、ほかの宝石と分けてしまう、くらいで十分だ。

Q. 小さくても価値はある?
A. ある。大粒がきわめて少ない石なので、色さえ良ければ小粒でも評価される。

Q. 投資対象として見てもいい?
A. すすめない。定義のあいまいさと見分けの難しさが、そのまま危うさになる。色を気に入って持てるかで選ぶのが、いちばん後悔しない。

石好き次郎から

パパラチアを手にすると、ピンクと呼ぶかオレンジと呼ぶか、いまでも決めきれない。決めきれないまま、いつまでも眺めていられる。地球がたまたま作った色に、人間の言葉のほうが追いついていない。

クロムと鉄の割合がほんの少しずれれば、ピンクサファイアにも、オレンジサファイアにもなる。パパラチアは、その境目の細い線の上にいる。針の先に立つような色だ。

婚約指輪に選ぶ人が増えた理由は、分かる気がする。人と違う一つを探すとき、偶然を背負った石は強い。ただ、名前で買うと高くつく。色で選んだ人だけが、この石に気持ちよく払える。

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名前で買うと高くつくのは、サファイアの頂点も同じだ。産地の名前が値段を決めた石はカシミールサファイアはなぜ伝説になったのかで。

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この記事を書いた人

石好き次郎
石を拾って20年、仕入れて売る仕事もしてきた。実際に見て、触って、確かめたことだけを書く。

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